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2005. 06.01
英語出願が最善の場合-英語以外の言語で国際特許出願をする際の落とし穴-(『月報 A.I.P.P.I』第50巻・第5号 掲載記事)
Raj S. Dave 1
Brett G. Alten 2
Gladys H. Monroy 3
Barry E. Bretschneider 4
長沢 幸男5 (監修)
事務局(訳)
*この記事についての英語の解説 When English is best-Pitfalls of filing non-English international patent applications はこちらをクリック
米国特許出願の外国優先権主張日が、過去の判例で確立されたヒルマードクトリン(Hilmer doctrine)に基づき、米国特許商標庁(USPTO)にされた特許出願に対する先行技術の効力発生日として用いられないばかりか、特許協力条約64条(4)(a)項に基づき留保された、米国における有効な出願日としても使用できないことが、多々ある。本稿は、米国への外国(米国外からの)特許出願がこれらの落とし穴に陥らないようにするための、新たな出願戦略を提案するものである。6
米国特許商標庁(USPTO)にされた特許出願に対する引用例の効力発生日として、引用文献の外国優先権主張日を用いることができないという問題は、かの悪名高い「ヒルマー事件(In re Hilmer) 359 F.2d 859 (CCPA 1966)」の争点であった。本事件においてヒルマーは、ドイツ出願の優先権主張に基づき米国特許出願をしていた。米国特許商標庁におけるヒルマー出願の審査過程で、審査官は、本件出願を拒絶したが、その拒絶の基準としたのは、Habicht特許のスイス出願を優先権主張日とする別の米国特許の優先日であって、それより後の当該Habicht特許そのものの米国出願日ではなかった。なぜなら、当該Habicht特許の米国出願日が、本件ヒルマー特許のドイツ出願優先日よりも後だったからである。裁判所は、この引用文献のスイス優先権主張日が、米国特許法第102条(e)項に基づく拒絶理由にはならないとの判断を示した。裁判所は、引用文献の米国出願日が本件出願の最初の有効な優先権主張日(ドイツ出願のドイツ優先日)よりも後であることから、審査官の拒絶査定を取り消す判断を下した。
米国特許法第102条(e)項の下で、英語で公刊されたPCT国際出願の出願日は、英語で公刊された場合に限り、先行技術としての有効な優先権主張日とみなされる。しかし、多くの外国企業や法律事務所は逆に、不必要に自国出願戦略を採用しており、この米国特許法第102条(e)項で認められる最も早い優先権主張日の利益を享受していない。
従来の出願戦略 -- その一例
次に示す例は、外国企業(日本企業など)が一般に利用している出願手続である。
(1)自国(日本)で特許出願する(例:2001年1月1日)。
(2)1年以内に、米国を指定国とする国際出願を日本のPCT受理官庁(日本特許庁)に日本語で提出する(例:2002年1月1日)。
(3)日本の出願日から30ヶ月以内に、米国特許法第371条(c)項の(1)(2)および(4)号に基づき、米国への国内段階移行手続を申請し、手続を完了する(例:2003年7月1日)。
WIPOによる日本語の(英語によらない)国際出願の公開日は、2002年7月1日前後となる。残念ながらこの戦略では、先行技術としての効力発生日として第102条(e)(1)項に定める国際公開日、米国特許商標庁による公開日、または国内段階移行に基づいて発行する米国特許の公開日すら得られない。(Textual Equivalent of Training Slides entitled "35 USC §§ 102(e) and 374 as amended by HR 2215 (Technical Correction Act)" - 2002年11月2日制定、2000年11月29日施行参照。米国特許庁Office of Patent Legal Administration(OPLA)ディレクターRobert J. Spar作成のウェブサイトhttp://www.uspto.gov/web/offices/dcom/olia/aipa/textpp102e.htmで参照可能。)よって、上記出願が先行技術としての効力を認められるのは、早くても米国特許法第102条(a)または(b)項に基づくPCT公開日である2002年7月1日となる。
新たな出願戦略
(1)外国特許庁に提出する外国出願の出願日と同日に、その外国出願を外国語のまま、米国特許法第111条(b)項に基づく仮出願として米国特許商標庁に提出する。
(2)仮出願の出願日から12ヶ月以内に、仮出願の利益を主張して(2002年1月1日)PCTに基づく国際出願を英語で外国特許庁(管轄の受理官庁)に提出する。この国際出願においては、必ず米国を指定国とし、WIPOにより英語で公開されるようにする(PCT第21(2)条による)。
(3)仮出願の出願日から16ヶ月以内または国際出願日から4ヶ月以内(いずれか早い方の日付)に、仮出願の認証翻訳文を米国特許商標庁に提出する。
(4)仮出願の出願日から30ヶ月以内(2003年7月1日まで)に、米国特許法第371条に基づく米国への国内段階移行手続を申請する。
この戦略は、2000年11月29日以降の日を国際出願日とし、米国を指定国とし、WIPOにより英語で公開された(PCT第21(2)条に基づく)国際出願に基づくか、又は、その国際出願の利益や優先権を主張する米国特許、米国出願公開またはWIPOによる公開については、米国特許法第102条 (e)項に基づき、先行技術としての効力を生ずる基準日が国際出願日(またはこれよりも早い有効な米国出願日)である、という事実を利用している。したがって、米国特許法第371条に基づき2000年11月29日以降に出願され、PCT第21(2)条に従い英語で公刊された国内移行段階の出願の公開は、米国特許法第102条(e)項に定める最も早い日、すなわち外国出願日の優先権を享受することができます。
上記に挙げた簡単な例から、新たな出願戦略の利点が明らかになった。従来の戦略に対し、新しい戦略では企業が外国出願と同日に仮出願を提出し、英語によるPCT出願を想定している。さらに、米国特許商標庁が米国特許法第122条(b)項に基づき、同出願を2002年7月1日前後に公開し、第371条に定める国内段階移行手続き開始に基づき2003年11月1日に特許したと想定している。このように、新たな出願戦略を利用した場合には、WIPOおよび米国特許商標庁による公開について、米国特許法第102条(e)(1)項に定める日、さらにそれに基づく特許について第102条(e)(2)項に定める日も、すべて2001年1月1日である。これは、第102条(e)項に定める基準日のうち、従来の出願戦略において利用可能な最も早い日より、18ヶ月も早い優先日である。
ここに提案した出願戦略では、関連の仮出願や通常の出願がある場合には、上記以外の利点も得られる。たとえば、上述のケースにおいて、後から提出する米国への通常出願が国際出願の利益を主張している場合には、その米国出願に基づく特許や公開については、先に提出された国際出願が発明の対象を適切にサポートしているとみなされるので、米国特許法第102条(e)項に定める基準日が国際出願日となる。あるいはまた、国際出願が、先に提出された仮出願に基づく優先権や、先に提出された米国への通常出願の利益を主張している場合には、それらの出願が発明の対象を適切にサポートしているとみなされるので、第 102条(e)項に定める基準日は、すべての引用文献において、先に提出された米国出願日となる。
従来の出願戦略を利用した場合に得られる結果は明白である。国際出願が英語以外の言語で公開された場合、先行技術としての効力が認められるという目的において、米国特許法第102条(e)項に定める国際出願日(または国際出願よりも前に提出された米国出願日)の利益を享受することはできない。実のところ、たとえ先に提出された米国出願(仮出願または通常出願を問わない)に基づく優先権を適切に主張して国際出願をしたとしても、すべての引用文献について特許法第102条(e)項に定める基準日が認められるわけではない。さらに、上述のケースにおいて、国際出願に基づく利益を主張して後日に米国通常出願をしたとしても、その出願に基づく特許や公開について、特許法第102条(e)項で認められる基準日は、後日に提出された実際の米国出願日でしかない。
新しい出願戦略により得られる上記以外の利点
(1)特許期間:仮出願の係属期間は特許期間に算入されないので、これは、通常出願にはない利点である。さらに、特許された米国特許の特許期間は、外国の優先権主張日に左右されることはない。ただし、国際出願には左右される。
(2)方式要件が少ない:仮出願では、発明者による宣誓及び供述書の提出が求められない。
(3)コスト低減:米国特許商標庁における仮出願の基本出願手数料は、現在180ドル(小規模事業者の場合は90ドル)である。一方、通常出願の基本出願手数料は1000ドル(小規模事業者の場合は500ドル)である。さらに、仮出願を提出するための代理人費用についても、一般に通常出願の報酬よりもずっと低く設定されている。
(4)米国外では先行技術となる文献であっても米国では先行技術として認められない場合がある:たとえば、2001年1 月1日に日本語で米国仮出願をし、その仮出願の利益を主張する国際出願を2002年1月1日に英語で日本の受理官庁に提出し、定められた手続に従い米国仮出願の認証英訳文を提出し、さらにその後米国と日本への国内移行手続きを2003年7月1日に申請したと想定してみる。ここで、2000年11月1日に日本で発明を実施し、米国仮出願に記載する発明と同一の発明内容を開示する先行技術文献が2000年12月1日に公開されたとする。日本では、2000年 12月1日付で公刊された技術雑誌掲載刊行物のような先行技術文献が、特許性を否定する絶対的な拒絶理由となるであろう。一方米国では、2000年12月 1日付の同じ刊行物が、米国特許法第102条(b)項による出願前の、1年間の猶予期間により、絶対的な拒絶理由とはならない。その代わり、国内段階移行手続の申請を拒絶する米国特許法第102条(a)項に定める引用文献とみなされるにすぎない。しかしながら、米国特許法第102条(a)項に定める引用文献であっても、特許規則(連邦規則法典第37巻)1.131に基づく宣誓書等を提出することにより、日付を遡らせることが可能である。2000年12月1日公報の優先日を遡らせることによって、当該公報が日本では先行技術となり得ない場合であっても、米国では先行技術となり得るのである。この重要な利益は、第1出願が英語以外の言語によってされている場合には、享受することのできないものである。
(5) 第102条(e)項で認められる早い優先日の利益を享受することによって、競合他社が同一または類似の発明につき優先権を主張するリスクを抑えることができる。考えられる大きなリスクとして、外国語で提出された優先権主張出願の公開日から12ヶ月以内に、競合他社が同一または類似の発明につき特許を申請するという事態があげられる。この場合、外国語で提出された優先権主張出願も、米国出願も、米国特許法第102条(b)項または(e)項に基づき先行技術文献として引用することができない。さらに、競合他社が同一発明を記載した特許出願をした場合、その競合他社は、外国企業にインターフェアランス(抵触審査)の手続を強いることもあり得る。そうなれば、膨大な費用と時間を要する可能性がある。
- Partner in the Patent Group、the Northern Virginia Office of Morrison & Foerster
- Litigation Associate、the Tokyo Office of Morrison & Foerster
- Co-Chair of the Patent Group、the Palo Alto Office of Morrison & Foerster
- Partner in the Patent Group、the Northern Virginia Office of Morrison & Foerster
- 東京大学先端科学技術研究センター特任教授、阿部・井窪・片山法律事務所弁護士・弁理士
- 筆者らは、化学、材料工学、薬学、半導体、生命科学などの分野における、特許出願、訴訟、鑑定意見及び抵触審査(インターフェアランス)の案件を扱っている。筆者らに対しての御連絡は、Dr. Raj S Dave のメールアドレス rdave@mofo.comまでお願いいたしたい。なお、筆者らは、本稿の日本語訳監修を努めていただいた長沢幸男氏に対し、心から謝意を表するものである。
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