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2009. 07.24
営業秘密に関する刑事罰の対象を拡大する不正競争防止法の改正
執筆者
弁護士 雨宮 慶 kamemiya@mofo.com / 弁護士 宇田川 高史 tudagawa@mofo.com
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(このニュースレターがご提供する情報は一般的なもので、いかなる個別の事案に対しても適用されることを保証したり、解決を提供するものではありません。具体的な事案においては、当該事案に対する個別の法的助言なくして、ご判断をなされないようにお願い申し上げます。)
1. はじめに
平成21年4月21日、営業秘密に対する侵害行為について刑事罰の対象を拡大する不正競争防止法(不競法)の改正法[1](以下「改正不競法」といいます。)が成立し、同月30日に公布されました。改正不競法は、公布の日から起算して1年6か月を超えない範囲内において政令で定める日から施行されます。
現行不競法における営業秘密に対する侵害行為についての刑事罰規定(以下「営業秘密侵害罪」といいます。)[2]では、「不正の競争の目的」で、すなわち自己を含む特定の競業者を競争上優位な立場に立たせるために、営業秘密を使用又は開示する行為が処罰対象とされています[3]。これに対し改正不競法では、不正の競争の目的がなくても、自己又は第三者の不正な利益を図る目的や営業秘密の保有者に損害を与える目的がある場合や、営業秘密の使用・開示に至らない行為が処罰の対象とされ、営業秘密侵害罪の成立範囲が拡大されました。
2. 改正不競法の概要
改正不競法における主要な改正点は、目的要件の変更及び対象行為の拡大の2点です。
(1) 目的要件の変更
現行不競法の営業秘密侵害罪は「不正の競争の目的」を要件としているため、刑事罰の対象となるのは、行為者が自己を含む特定の競業者を競争上優位な立場にする目的を有している場合に限られます。言い換えれば、営業秘密侵害罪が成立するのは、営業秘密の保有者と侵害者又は開示を受けた者との間に競争関係が存在する場合に限られています。そのため、例えば、(i)会社の従業員が、開発中の商品に関する情報が記録されたCD-ROMを、外国政府に売却して対価を得る目的や、(ii)会社に反感を抱いた従業員が、匿名のブログなどに書き込むことによって自社の情報管理体制に対する信用を毀損する目的を有していても、いずれも刑事罰の対象ではありませんでした。
これに対し、改正不競法は、目的要件を「不正の競争の目的」から、「不正の利益を得る目的又は保有者に損害を加える目的」(図利加害目的)に変更しました[4]。これにより、必ずしも競争関係を前提としない上記(i)及び(ii)のような場合が、新たに刑事罰の対象となります。
(2) 処罰対象行為の拡大
現行不競法では、営業秘密を不正に取得する行為類型(不正取得型)について、営業秘密の使用・開示に至らない段階で営業秘密侵害罪が成立するのは、営業秘密が記載・記録された書面又は記録媒体(「営業秘密記録媒体等」)を、詐欺等行為(詐欺、暴行、脅迫)又は管理侵害行為(営業秘密が管理されている施設への侵入、不正アクセス等)により、取得又は複製する行為に限られています[5]。これに対し、改正不競法では、詐欺等行為又は管理侵害行為による営業秘密自体の取得を広く処罰の対象とし、媒体の取得・複製を要しないものとしています。これにより、企業のサーバーに不正にアクセスして営業秘密を直接読み取る行為など、必ずしも記録媒体の取得・複製を介在しない行為が新たに処罰対象となります。
また、企業の従業員など営業秘密を保有者から示された者(正当取得型)の場合は、現行不競法の下では営業秘密の使用・開示に至らない段階では営業秘密侵害罪は成立しません。これに対し、改正不競法の下では、営業秘密の管理に係る任務に背いて、次のいずれかの方法でその営業秘密を領得する場合には、当該営業秘密の使用・開示に至らない段階で営業秘密侵害罪が成立します[6]。
イ. 営業秘密記録媒体等[7]又は営業秘密が化体された物件[8]を横領すること。
ロ. 営業秘密記録媒体等の記載若しくは記録について、又は営業秘密が化体された物件について、その複製を作成すること。
ハ. 営業秘密記録媒体等の記載又は記録であって、消去すべきものを消去せず、かつ、当該記載又は記録を消去したように仮装すること。
このように、改正不競法が不正取得型・正当取得型のいずれも営業秘密の使用・開示に至らない取得や領得の段階で広く処罰の対象とした背景には、現行不競法が要求する営業秘密の使用や開示は、侵害者や競争相手の企業内、あるいは海外で行われることが多いため、その立証は極めて困難であって、現行不競法が十分な抑止力を有していないという事情があります。
改正不競法の下では、例えば、従業員が、内部規定により無断で複製することを禁じられている自己が管理する営業秘密を、許可なくUSBメモリに記録して持ち出す行為や、当初業務上USBメモリに保管し許可を得て自宅での仕事に使用していた場合に、使用目的を達して自宅に保有しておく必要がなくなってからも、会社の当該USBメモリを会社に返還せずに保持し続ける行為、個人保有のUSBメモリであっても当該営業秘密を消去したように装う行為など、比較的立証が容易な行為があれば、営業秘密を未だ第三者に開示したり、自己使用していなくても、営業秘密侵害罪が成立することがあります[9]。
3. 実務への影響
改正不競法において営業秘密侵害罪の成立範囲が拡大されたことにより、企業の営業秘密の保護が強化されました[10]。
他方、営業秘密の侵害者に対して実際に刑事訴追がなされた場合であっても、その公判審理の過程で営業秘密の内容が公開されることにより、営業秘密の保有者の利益が損なわれるおそれがあり、この点が営業秘密侵害罪の告訴を躊躇させる要因と言われてきました。改正不競法はこの点についての手当てをしているわけではありません。この点に関し、営業秘密の内容に関する事項については口頭での陳述等はしない旨の決定をできるようにすること(秘密決定)、営業秘密の内容が公になるような場合に期日外証人尋問を行えるようにすること(期日外証人尋問)、憲法82条2項本文の公開停止のできる具体的要件を明確にする規定を設けること(公開停止)など、刑事訴訟手続に関する法改正の検討がなされていますが、刑事手続における公開裁判の原則[11]との兼ね合いにおいて未だ議論が熟しておらず、実現の目処は立っていません。その意味では、今回の不競法は営業秘密の保護という観点からすれば片手落ちの感を拭い去れません。
とはいっても、改正不競法により処罰の範囲が拡大されたわけですし、営業秘密の内容やその侵害の態様如何によっては告訴を行なうという選択肢も十分考えられます。さらにその前段階として、従業員に対して今回の法改正の趣旨を周知徹底し、告訴に基づく刑事制裁が選択肢に加わったことを告知することにより、これまで漫然と行なわれてきた従業員の営業秘密の取り扱いを改善し、情報の持ち出しに関する抑止効果を発揮することも期待されます。
翻って、改正不競法の下では、正当取得型において、第三者への開示や自己使用がなくても営業秘密侵害罪が成立する場合があるため、企業の従業員が、営業秘密を業務の一環として正当な範囲で利用することに対する萎縮効果を生じかねない危険性も併有しています。そのため、自社の営業秘密の範囲、管理方法、アクセス権者、使用方法等を再検討した上、改正不競法を踏まえた営業秘密管理規程等を作成し、営業秘密の取り扱いをマニュアル化するなど、従業員の日常の業務に支障がないよう手当てをしておくこと、そして社内セミナー等により従業員に対するその周知を図ることが必要でしょう。これらの作業を行なうために情報管理の方針や規程の整備を専門に行う情報セキュリティ委員会やプロジェクトチーム等の機関を設置することも検討に値します。
そのような改正不競法の下での営業秘密の管理・使用方法の再検討を行なうに際しては、改正不競法と同日に公布された外国為替及び外国貿易法の改正法[12]が営業秘密の管理に影響を及ぼす改正を行っていますので[13]、それも併せて検討しておくことが有効です。
[1] 不正競争防止法の一部を改正する法律(平成21年法律第30号)。
[2] 法定刑は10年以下の懲役若しくは1,000万円以下の罰金又はこれらの併科(現行不競法21条1項柱書、改正不競法も同じ。)。
[3] 現行不競法21条1項1号、3号乃至6号。
[4] 改正不競法21条1項各号。
[5] 現行不競法21条1項2号。
[6] 改正不競法21条1項3号。
[7] なお、改正不競法の「営業秘密記録媒体等」の定義には、現行不競法の営業秘密記録媒体等(営業秘密が記載・記録された書面(改正不競法では「文書」)又は記録媒体)に加え、「営業秘密が記載された図画」という文言が加えられています。
[8] 営業秘密が化体された物件とは、例えば営業秘密たる化合物の組成等を用いて製造されたサンプル製品や特殊部品の金型等、必ずしも秘密自体が「記載」されているのではない物件が含まれます。
[9] ただし、会社の許可に基づかずに営業秘密たる情報を持ち帰った場合であっても、純粋に残業のために行なったような場合であれば、図利加害目的がないため、営業秘密侵害罪は成立しません。
[10] 営業秘密侵害罪は刑事罰規定であり、かつ親告罪ですから、実際に企業の取りうる手段としては検察官等の捜査機関への告訴ということになります。
[11] 憲法37条第1項、82条1項。
[12] 外国為替及び外国貿易法の一部を改正する法律(平成21年法律第32号)(以下「改正外為法」といいます。)。改正外為法は、公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日から施行されます。
[13] 外為法の改正の目的は不競法の改正とは異りますし、外為法の改正事項は多岐に渡りますが、特に従業員による営業秘密の持ち出しに関連する部分としては次の点が挙げられます。すなわち、現行外為法は、「国際的な平和及び安全の維持を妨げることとなると認められるものとして政令で定める特定の種類の貨物の設計、製造又は使用に係る技術」(特定技術)を特定の地域において提供することを目的とする、居住者と非居住者との間で行なう取引について、経済産業相の許可の対象にしていましたが(現行外為法25条1項1号)、改正外為法は、居住者・非居住者を問わず、特定国(全地域と指定される予定です。)において特定技術を提供することを目的とする取引すべてを許可対象とするとともに(改正外為法25条1項)、その実効性を確保するため、当該取引に関して行なわれる「特定技術を内容とする情報が記載され、又は記録された文書、図画又は記録媒体の輸出」や、「電気通信による特定技術を内容とする情報の送信」について、経済産業大臣の許可を受ける義務を課することができるという規定を設け(同条3項)、かかる行為を許可の対象とする旨の外国為替令の改正が進められています。これにより、例えば親子会社間の取引の前提として、日本本社の従業員が特定技術に関する情報をUSBメモリ等に保存し、経済産業相の許可なく、海外子会社に提供するために国外に持参した場合や、海外子会社へ電子メールにより送信した場合には、改正外為法に違反する可能性があります。
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