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2008. 03.12
レックス株式取得価格決定申立事件
執筆者
弁護士 高 賢一 kenichiko@mofo.com
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(本稿は執筆者個人の見解に関わる部分があり、当事務所の意見を代表するものではありません。)
昨年12月19日、東京地方裁判所は、旧株式会社レックス・ホールディングス(以下「旧レックス」という。)の株主が、会社法172条1項に基づき、自己の有する旧レックス発行に係る全部取得条項付種類株式(以下「本件株式」という。)の取得価格の決定を求めていた1事件において、1株当たりの取得価格を公開買付価格と同額の23万円とする決定を行った(以下「本決定」という。)。
会社法172条1項により裁判所が決定すべき取得価格の決定方法についてはこれまで裁判例がなかったが、本決定は、当該論点について初めて判断を行ったものであり、実務上重要な意義を有するといえる。
なお、本決定は、旧レックスの経営陣によるMBOを契機としていることから、経済産業省が平成19年9月4日付で公表した「企業価値の向上及び公正な手続確保のための経営者による企業買収(MBO)に関する指針」(以下「MBO指針」という。)についても適宜触れることとする。
1. 事実関係
本件では、旧レックスの株価が長期間下落傾向にある中、特別損失の発生による業績下方修正の発表が行われたことで株価がさらに急落した。そのような中MBOを行うことが公表され、公開買付価格も株価急落後の時価を基準として設定されたため、一部の株主から、かかる公開買付価格及びその後のスクイーズアウトにおける取得価格の設定が、本来の株式価値を大幅に下回っているのではないかとの疑義が提起されたものである。具体的には下記の経過を辿った。
| 平成18年2月17日 |
旧レックスが平成18年12月期の連結業績予想(売上高1900億円、経常利益105億円、当期純利益45億円)を発表。 |
| 平成18年8月21日 |
旧レックスが特別損失の発生(中間期33億9000万円計上、下期21億円計上予定)及び平成18年12月期の連結業績予想の下方修正(売上高1700億円、経常利益64億円、当期純利益0円)を発表。 |
| 平成18年11月10日 | 株式会社AP8(現株式会社レックス・ホールディングス。以下「AP8」という。)が旧レックス普通株式1株につき23万円(平成18年11月9 日までの過去1ヶ月間の市場株価の終値の単純平均値20万2000円に対して13.9%のプレミアムを加えた価格)を買付価格とする公開買付けを実施する 旨を公表。 |
| 平成18年11月11日~ 平成18年12月12日 |
AP8による公開買付けの実施。公開買付けの結果、AP8は間接保有分も含めて旧レックスの発行済株式総数の91.78%を保有するに至る。 |
| 平成19年3月28日 |
旧レックスの株主総会が開催され、全部取得条項付種類株式の取得に係る決議が行われた。 |
| 平成19年4月5日 | 旧レックスの株主の一部である申立人らが株式取得価格決定を東京地方裁判所に申し立てた。 |
| 平成19年4月29日 | 旧レックス株式が上場廃止となる。 |
| 平成19年5月9日 | 旧レックスが全部取得条項付種類株式を取得。 |
| 平成19年9月1日 | AP8が旧レックスを吸収合併し、旧レックスの地位を包括承継。 |
2. 取得価格の判断基準
本決定において、裁判所は、まず、会社法172条1項により裁判所が決定すべき取得価格の意義について、「当該取得日における当該全部取得条項付種類株式の公正な価格をいうものと解するのが相当である。」とした上で、「裁判所が、全部取得条項付種類株式の取得の公正な価格を定めるに当たっては、取得日における当該株式の客観的な時価に加えて、強制取得により失われる今後の株価上昇に対する期待権を評価した価額をも考慮することが相当である。」と判示した。 「取得日における当該株式の客観的な時価」及び「強制取得により失われる今後の株価上昇に対する期待権を評価した価額」をめぐる裁判所の判断の概要等は以下のとおりである。
3. 取得日における当該株式の客観的な時価
(1)裁判所の判断
裁判所は、取得日における本件株式の客観的な時価について、「市場株価がその企業の客観的価値を反映していないと認められる特別の事情のない限り、評価基準時点2にできる限り近接した市場株価を基本として本件株式の客観的な時価を評価するのが相当である」と判示した。
その上で、公開買付け公表後の市場株価については、「平成18年11月10日以降の旧レックス株式の市場株価は、本件公開買付け公表による影響により、旧レックスの客観的価値を反映していないと認められる特別な事情のある場合に該当し、本件株式の客観的な時価の評価に当たって基礎とすることは相当でない」とした。
他方、平成18年8月21日に行われた業績の下方修正発表後の市場価格3については、「平成18年8月21日に行われた業績予想の下方修正等の発表が、旧レックスによる価格操作を目的とした意図的なものであったと認めることはできず、4」「本件株式の客観的な時価を評価するに当たって、平成18年8月22日から同年11月9日までの間の旧レックス株式の市場価格を排斥すべき特段の事情を認めることはできない」とした。また、「かえって、平成18年8月21日以前の旧レックス株式の株価は、同日に行われた業績の下方修正等の発表を反映していないものである」から「平成19年5月9日における本件株式の客観的な時価の算定に当たっては、」「これを排斥すべき特段の事情がある」とした。
以上をもとに、「平成18年11月9日を含むそれ以前の同年8月22日までの間の一定期間の株価の終値の平均値をもって、平成19年5月9日における本件株式の客観的な時価とするのが相当である」とし、平成18年10月10日から同年11月9日までの1ヶ月間及び平成18年8月22日から同年11月9日までの間の期間における株価の終値の売買高加重平均及び単純平均に基づいて5、「平成19年5月9日における本件株式の客観的な時価は1株当たり20万2000円を超えるものではない」とした6 7。以上をまとめると下記図表のとおりとなる。

(2)業績予想の下方修正公表後のMBO
MBOでは、取締役が自社の株式を買い付けるという取引の構造上、必然的に利益相反的構造が生じうる。そこで、本件において申立人から主張がなされたように、業績予想の下方修正を公表した場合には、株価が下落することが多いため、業績予想の下方修正公表後にMBOの一環として公開買付けが実施される場合には、MBOを行う経営陣が公開買付価格を低く抑えるために意図的に業績予想の下方修正を行ったのではないかという疑念が生じる可能性が高い8。
本件において、裁判所は、業績予想の下方修正に至った経緯等を分析した上で、上記のとおり、平成18年8月21日に行われた業績予想の下方修正等の発表が、旧レックスによる価格操作を目的とした意図的なものであったと認めることはできないと判断したが、一方で裁判所が「そうであるからといって、株主利益を配慮した公正な手続の観点から、本件におけるMBOの必要性に関する株主に対する説明や価格の適正性を担保する手続について批判の余地がないとする趣旨ではない」と指摘している点には留意する必要がある。
MBO指針においても指摘がなされているとおり、業績予想の下方修正後にMBOを行う場合は、株主の適切な判断機会を確保するために、当該時期にMBOを選択した背景・目的等について、より充実した説明が求められるといえる。
4. 強制取得により失われる今後の株価上昇に対する期待権を評価した価額
(1)裁判所の判断
裁判所は、「強制取得 により失われる期待権を評価するための評価方法について、現段階においては確立された評価方法が存在しない9ことが認められ」、また、「本件においては何らの鑑定も実施されていないため10、当裁判所が強制取得により失われる期待権の具体的な金額を算定するにつき、専門的知見を反映した具体的な金額を算出することはできない11」と判示した。
その上で、裁判所は、「旧レックスが、本件公開買付けの買付価格23万円について、平成18年11月9日までの過去1ヶ月間の市場株価終値の単純平均23万 2000円に対して13.9%のプレミアムである2万8000円を加えた価格であると説明したこと」、「本件公開買付けに対して91.78%の株式を有する株主が賛同したこと」及び「本件公開買付けに対しては、AP8に対抗する別個の買収者による公開買付けはされなかったこと」等の事情に照らし、「本件公開買付けに示された買付価格は、市場において一定の合理性を有するものと評価を受けたと推認することができ、本件公開買付けにおいて示されたプレミアムである2万8000円もまた、一定の合理性を有するものということができる」ので、「強制的取得により失われる期待権の価値を評価するに当たっても、このプレミアム2万8000円を基準にするのが合理的であり、他に期待権の価値が2万8000円を超えると認めることができる的確な疎明資料」もないことから、「本件における強制取得により失われる期待権を評価した価額は、1株当たり、本件公開買付けのプレミアム分に相当する2万8000円を超えるものではない」と判示した12。
(2)公正な手続の重要性
裁判所は、本決定において、強制取得により失われる期待権を評価するための評価方法について、現段階においては確立された評価方法が存在しないこと等を理由に、強制取得により失われる期待権を直接的に評価する手法は採用しなかった。むしろ、公開買付けに示された買付価格が市場において一定の合理性を有するものと評価を受けたか否かを個別事情に照らして検討し、結論として、かかる評価を受けた場合には、当該公開買付けにおいて示されたプレミアムをもって強制取得により失われる期待権の評価基準とするという判断手法を用いた13といえる。
なお、判旨からは必ずしも明らかではないが、強制取得により失われる期待権を評価するにあたり、公開買付けにおいて示されたプレミアムを基準とするためには、MBOの手続自体が公正に行われたこと14が前提条件となると考えるべきである。なぜなら、例えば、公開買付けに際して十分な情報開示が行われていなかった場合や、公開買付けが強圧性を有する場合には、株主の適切な判断機会が確保されていたとはいえないため、大多数の株主が当該公開買付けに対して応募してきたという個別事情が認められたとしても、そのことゆえに買付価格が市場において一定の合理性を有するものと評価を受けたとはいえないからである15。本決定において、裁判所は「株主利益を配慮した公正な手続の観点から、本件におけるMBOの必要性に関する株主に対する説明や価格の適正性を担保する手続について批判の余地がないとする趣旨ではない」と述べている。しかし、仮に、これが、裁判所が本件MBOにおいて公正な手続きがとられなかったと判断したという趣旨なのであれば、かかる公開買付けにおいて示されたプレミアムを評価の基準とすべきではない。裁判所は、本件MBOにおいて公正な手続きがとられたか否かについて、このような傍論ではなくもう一歩踏み込んだ判断をすべきであったように思われる16。
今後、本件と同様の事案が増加することも予想されており、裁判例の集積が待たれるところではあるが、裁判所が会社法172条1項の取得価格を決定するにあたっては、株主利益への配慮を求めるMBO指針等を踏まえた 公正な手続が行われたか否かが重要なポイントになろう。
以上
- 非公開化を伴うMBOにおいては、公開買付けに応募しなかった株主は、全部取得条項付種類株式を用いたスキームによりスクイーズアウトされるのが一般的である。このスクイーズアウトの際に、会社による当該株式の取得価格に不満がある株主は、会社法172条1項に基づき、裁判所に対し価格決定の申立てをすることができる。
- すなわち本件株式の取得日である平成19年5月9日を指している。
- 旧レックス株式の平成18年8月21日の株価の終値は30万4000円であったが、業績の下方修正等を公表後、株価は大幅に下落し、同年9月26日には株価の終値が14万4000円となった。
- 申立人らは、本件のように経営者による自主的買収であるMBOにおいては、経営者には安価で買収を行うために株価を低く保つ動機が認められ、かつ、経営や情報開示を支配する経営者が株価を低く保つことは極めて容易であるとした上で、平成18年8月21日に行われた業績予想の下方修正は、本件MBOの構想に着手していた旧レックス経営陣が価格操作を目的として意図的に行ったものであると主張していた。
- 平成18年10月10日から同年11月9日までの1ヶ月間における株価の終値の売買高加重平均及び単純平均は、それぞれ20万1000円及び20万 2000円であり、平成18年8月22日から同年11月9日までの間の期間における株価の終値の売買高加重平均及び単純平均は、それぞれ19万1000円及び18万9000円であった。
- 本決定において、裁判所は、旧レックス株式を市場株価方式だけでなく、純資産方式(修正簿価純資産法)及び比準方式(類似会社比準法)で評価した場合の時価が、1株当たり20万2000円を超えないことも考慮している。なお、旧レックス側は、上場廃止により取得日において市場株価がないこと等を理由に、市場株価方式、純資産方式(修正簿価純資産法)及び比準方式(類似会社比準法)を併用し、それぞれ対等の割合で考慮すべきであると主張していた。判旨からは必ずしも明確ではないが、裁判所は、上場廃止により取得日において市場株価がない場合であっても、取得日に近接した時点で市場株価のある株式については、原則として市場株価方式を基礎とすべきであるとしつつ、純資産方式(修正簿価純資産法)及び比準方式(類似会社比準法)については、市場株価方式による算定価格の妥当性を検証するために補足的に考慮するという立場を採用したとも考えられる。
- 申立人らは、「平成18年11月10日までの過去1年間のうち、通常の形態における取引以外の要因の影響が認められる同年8月21日以降を除外した期間の市場株価終値の平均価値(40万2669円)」をもって、取得日における本件株式の時価と評価すべきであると主張していた。
- なお、かかる疑念を念頭に、業績予想の下方修正がなされた後の一定期間において、MBOを実施することを一律に規制すべきとの意見がある。確かに、真に業績が悪化していないにもかかわらず、公開買付価格を低く抑えることを目的として業績予想の下方修正を行うことは当然認められるべきではないが、真に業績が悪化している場合にこそ、MBOを手段として抜本的な経営再建を行う必要性が高まる場合もあるのであるから、一律に規制すべきとの意見は妥当でない。
- 旧レックス側から提出された意見書によると、本件株式のように株価下落に伴う損失のリスクを負わなければならない場合には、評価方法としてブラック・ショールズ・モデルは妥当しないとされている。
- 申立人のうちの一人が運営しているブログ(http://blog.livedoor.jp/advantagehigai/)の平成19年11月15日付けエントリーによると、「(1)鑑定費用が高額で、訴訟物の価格を越えること」(原文ママ)及び「(2)プレミアムの価格を算定する方法がないこと」を理由に鑑定が実施されなかったようである。なお、価格決定のために裁判所が鑑定人に鑑定を命じた場合、非訟手続の原則として鑑定費用は申立人の負担になるが(非訟事件手続法26条)、事案の性質上、一方当事者である株主だけに鑑定費用を負担させることは公平ではないと思われることから、事情に応じて相手方である会社に鑑定費用の一部を負担させるべきである(同法28条参照)。現在継続中であるため最終的にどのような判断がなされるかは未定であるが、カネボウ株式会社の株式買取請求事件においても、予納すべき鑑定費用の額は株主と会社で折半した上で、最終的な鑑定費用(5000万円)の負担額は主張する価格との乖離額に応じて裁判所が判断するとの示唆が裁判所からあったようである。少数株主にかかる多額の鑑定費用の負担を強いることの問題点が指摘されている。
- 申立人らは、本決定後、東京高等裁判所に即時抗告を行っているが、脚注10と同一のブログの平成20年1月9日付けのエントリーによると、東京高等裁判所に提出した理由補充書の中で「算定不能の不利益を申立人に負わせている重大な誤りがある等と指摘」しているとのことである。
- 申立人らは、強制取得により侵害された期待権の対価を評価するにあたっては、本件MBOによる企業価値の増大(シナジー)を勘案する必要があるとした上で、具体的には、同時期にMBOを実施している株式会社すかいらーく、東芝セラミック株式会社及びキューサイ株式会社の事例を参考にするのが相当であり、取得日における本件株式の客観的交換価値である40万2669円(脚注7参照)に30%を乗じた額である12万0800円をもって、強制取得により侵害された期待権の対価と評価すべきと主張していた。これに対し、裁判所は、MBO指針において、(MBOによって実現される価値について)「企業結合等の場合のような相乗効果(いわゆるシナジー)は発生しない」とされていることを理由に、「申立人らの主張はその前提を欠く」とした。
- MBO指針においても、「MBOに際して実現される価値について」「客観的な基準を設けることはでき」ず、「当該MBOの価格について、最終的に判断を行うのは株主である」との指摘がなされている。
- 但し、いかなる手続きをどの程度行えば「MBOの手続きが公正に行われた」と判断できるか否かは個別事案に応じて異なり、一義的かつ明確に確定することは困難である。
- 逆に、例えば、MBOに際して公開買付期間が比較的長期間に設定されていた場合には、他の買付者による買付けの機会が確保されていたといえ、対抗的な買付けがなされなかった事実が買付価格が市場において一定の合理性を有するものと評価を受けたことを基礎付ける事情となりうる。
- なお、このような立場からは、仮に裁判所が本件MBOにおいて公正な手続きがとられていないと判断した場合には、公開買付けにおいて示されたプレミアムに代わる基準により、強制的取得により失われる期待権の価値を評価する必要が出てくるが、裁判所の「現段階においては確立された評価方法が存在しない」との判示からすると、(鑑定を実施した場合でも)当該価値が算定不能になってしまう虞がある。かかる場合に、いかなる評価方法を用いるべきか、また、立証不能の責任をどちらが負担すべきかについては、今後の議論を待つこととし、本稿においては問題提起に留めることとしたい。
- MBO指針においては、MBOの透明性・合理性確保のための枠組みとして、(1)株主の適切な判断機会の確保、(2)意思決定過程における恣意性の排除、及び③価格の適正性を担保する客観的状況の確保を挙げたうえで、それぞれについて実務上の具体的な対応の提言がなされている。もっとも、MBO指針は法的な拘束力を有するものではなく、MBO指針において提言がなされている実務上の具体的な対応の解釈・運用については、個別案件に応じた各当事者の判断に委ねられている。
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