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2007. 02.01
企業結合ガイドラインの改正案が公表されました
*この記事についての英語の解説 JFTC Proposes Important Changes to Japan's Merger Guidelinesはこちら。
1. はじめに
2007年1月31日、公正取引委員会(公取委)は「企業結合審査に関する独占禁止法の運用指針」(企業結合ガイドライン)の改正案を公表し1 、パブリックコメントに付しました。
現行の企業結合ガイドライン2 は2004年5月31日に公表され、相当数の事例に適用されてきたものですが3 、近時他省庁や経済界からの要望なども考慮して改正が検討され、メディアでもさかんに取り上げられてきました。以下では、改正案の概要を説明します。
2. 改正案の内容
(1) 概説
改正案においても、企業結合審査の論理的な枠組みは現行ガイドラインから変更されていません4 。他方で、改正案は、個別の事案を判断する際に見るべき具体的な要素について、現行ガイドラインでは不明確であった部分を明確にしたり、方針を変更したりしています。特に目を引く部分としては次の点が挙げられます。
- 関連市場の地理的な範囲が国境を超えて画定される場合(例えば世界市場)があることを明言したこと
- 市場画定や競争に与える影響を見る際に想定する価格の上げ幅や時間軸が明示されたこと
- 個々の判断要素の多くについて、公取委が審査する際の視点がさらに詳しく説明されたこと
- いわゆるセーフハーバーの範囲が大きく変更されたこと
(2) 国境を越えた市場
現行ガイドラインでは、我が国からの輸出先(つまり外国)まで関連市場に含めることは通常ないとされていましたが、改正案では、需要者から見ると国内外の供給者に差がなく、海外の供給者の存在によって日本国内の価格引上げが妨げられるような場合には、国境を越えて市場が画定される旨が明示されました。現行ガイドラインの下でも、昨年、関連市場を実質的には世界市場と画定したと見られる事案がありましたが、改正案はこの流れを確認し、明確に示したものといえます。
(3) 市場画定や競争に与える影響を見る際に想定する価格の上げ幅や時間軸
改正案は、市場の画定においていわゆるSSNIPテスト(又は仮定的独占者のテスト)と呼ばれる方法を採用することを明言しました。
SSNIPテストとは、ある事業者が、ある商品をある地域において独占して供給しているという仮定の下で(仮定的独占者)、小幅ではあるが、実質的かつ一時的ではない価格引上げ5 をした場合に、需要者が他の商品又は他の地域で買うことになるかどうかを見るテストです。現行ガイドラインもこれと同様の「考え方」は採用しているのですが、改正案ではこのテストを明示的に採用し、想定する価格の上げ幅は5から10%、期間を1年程度という目安を示しました。
また、競争が制限されるかどうかの判断に際して、企業結合後の価格上昇が輸入や参入を生じさせるかどうかを見る期間の目安は概ね2年という点も明示しました。
(4) 個々の判断要素に関して公取委が審査する際の視点の明確化
現行ガイドラインは、当該企業結合により競争を実質的に制限することとなるかどうかを判断する際の要素として、当事会社グループの地位及び競争者の状況、輸入、参入、隣接市場からの競争圧力、総合的な事業能力、効率性、当事会社グループの経営状況といった点を列挙し、それぞれについて説明を加えています。現行ガイドラインの説明自体も、その前身である旧ガイドライン6 と比べるとかなり詳細なものですが、改正案では、現行のガイドラインの説明に対してさらに詳しい説明を加えています7 。例えば、判断要素としての「輸入」の取扱いは現行ガイドラインも改正案も同様で、「輸入圧力が十分働いていれば、当該企業結合が一定の取引分野における競争を制限することとなるおそれは小さいものとなる」というものですが、現行ガイドラインが輸入圧力が十分働いているかどうかを考慮するための状況を箇条書きで列挙するにとどまるのに対し、改正案は€制度上の障壁の程度、 輸入に係る輸送費用の程度や流通上の問題の有無、¡輸入品と当事会社グループの商品の代替性の程度、¤海外の供給可能性の程度という4つ視点に類型化し、それぞれについて詳細に説明を加えています。この類型化は、現行ガイドラインを適用してきた多数の事案において見られたパターンを基になされていると考えられ、公取委の経験を開示するものといえるでしょう。
(5) セーフハーバーの範囲の変更
この点は報道でも大きく取り上げられた点ですが、現行ガイドラインから大幅に変更されています。
セーフハーバーとは、通常独禁法上の問題が生じることはないと考えられる範囲のことをいい、この範囲内の取引は、前記(4)で述べた個別の要素に関する判断に入ることなく独禁法上問題がないという結論が導かれます。
改正案における水平型企業結合に関するセーフハーバーは以下のとおりです。
- HHI8 1,500 以下
- HHI1,500 超2,500 以下 かつ HHI増分250以下9
- HHI2,500 超 かつ HHI増分150以下10
現行ガイドラインのセーフハーバーとは次のような点が異なります。
- 改正案ではHHIのみ又はその増分との組み合わせによって定められ、現行のシェアのみ又はHHIとシェアの併用により定める方法が用いられなくなった
- 現行の「市場構造が寡占的ではない場合」(HHI1,000未満)、「市場構造が高度に寡占的ではない場合」(HHI1,800未満)という分類はなくなり、改正案ではHHIが1,500以下、1,500 超2,500以下(かつ増分250以下)、2,500超(かつ増分150以下)という高めの水準に設定された
- 現行ガイドラインでは、競争制限のおそれが通常小さいと考えられる範囲の記載で、単独行動についてのみ適用されるものがあったが、改正案ではこれが削除され、上記すべてのセーフハーバーは単独行動及び協調的行動の双方の分析に適用されることとなった11
(6) その他の改正点
改正案では、上記以外の点でも、市場画定、単独行動の分析、協調行動の分析、垂直型及び混合型企業結合の分析、問題解消措置などについて多くの修正がなされています。
3. 実務への影響
今般公表された改正案は未だ「案」であってパブリックコメントを経るものの、他省庁や与党との調整も終了しており、大筋は変更されることなく確定するものと見込まれます。
改正案がこのまま確定すると仮定すると、実務においては次のような影響が考えられます。
- HHIが1,800以上2,500以下という事案は比較的多いと思われます。そのような事案ではこれまでセーフハーバーの適用の余地はありませんでしたが、改正案では実質的な審査なくして企業結合が認められる場合が出てきます12 。
- 国境を越えて市場が画定されることが明示的に認められましたので、特に国際的な競争が激しい業界における日本企業どうしの企業結合が認められる範囲が広がると思われます。同時に、そのような業界では、もともと日本において影響力のある外資系企業による日本企業の買収も認められやすくなるといえます。
- 個別の判断要素に関する視点が相対的に明確化され、公取委を説得して企業結合を実現しようとする(あるいは阻止しようとする)際に求められる論理の構築と収集すべき資料の絞込みが多少なりともしやすくなると考えられます13 。
- http://www.jftc.go.jp/pressrelease/07.january/070131.pdf
- 現行の企業結合ガイドラインについては、「企業結合ガイドラインの改訂」をご参照ください。
- 2006年5月1日に会社法が施行されるのに伴って用語法などの変更がなされましたが、実質的な内容は2004年の公表以来変更されていません。
- (1)取引が審査の対象となるか否かの判断、一定の取引分野の画定、競争の実質的制限の判断という順序はそのまま維持されていますし、(2)「一定の取引分野の競争を実質的に制限することとなる」の解釈も全く変更されていません。また、(3)水平型企業結合についての実質的制限の判断に関して、単独行動と協調行動の双方の観点から検討するという枠組みも変更されていません。
- 「小幅ではあるが、実質的かつ一時的ではない価格引上げ」は、Small but Significant and Non-transitory Increase in Priceの訳です。この頭文字をとってSSNIPテストと呼ばれます。
- 「株式、合併等に係る『一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる場合』の考え方」(平成10年12月21日公正取引委員会。平成13年4月1日付けの追補を含む。)
- また、改正案では「需要者からの競争圧力」が独立の判断要素とされました。
- HHIはハーフィンダール・ハーシュマン・インデックス(Herfindahl Hirschmann Index)の略で、市場における各事業者のシェアの2乗の総和によって算出されます。
- 例えばシェア25%の企業と5%の企業が結合するとHHIの増分は250となります。
- 例えばシェア25%の企業と3%の企業、あるいは15%の企業と5%の企業が結合するとHHIの増分は150となります。
- 改正案でも、HHI2,500以下かつシェア35%以下の場合には、個別の審査を要するとしても競争を実質的に制限することとなるおそれが小さい旨が付記されていますが、これも単独行動及び協調的行動の双方の分析に適用されます。
- ただし、HHIもシェアを前提にして算出される指標ですから、市場画定如何(つまり何を分母と見るか)で変わってくるので、市場画定の重要性が変わるわけではありません。
- この点に関連して、今回の改正案で初めて「立証」という文言が用いられ、公取委が主張(理論)と立証を意識していることも注目に値します。
執筆者
弁護士 雨宮 慶 kamemiya@mofo.com
本稿は執筆者個人の見解に関わる部分があり、当事務所の意見を代表するものではありません。



