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2007. 02.05
新しい信託法(1)
不動産ファンドの組成・運用に対して影響を与える新法の制定として、前4回にわたり金融商品取引法の解説を行ってきましたが、この他に、証券化・流動化の実務に影響を与える新法として、平成18年12月8日に成立し、同月15日に公布された信託法(以下「新信託法」といいます。)について解説をします。
現行信託法は、大正11年に、当時社会問題化していた高利貸し的な「信託会社」を取り締まることを主たる目的として制定されたものであり、私法法規でありながら、当事者の私的自治が大幅に制限された取締法規としての色彩が強い法律であるという特色を有していました。また、現行信託法制定後、我が国における社会・経済活動が発展・多様化し、信託銀行を受託者とする営業信託が活発に利用されるようになってきたにもかかわらず、実質的な改正がなされておらず、例えば受益者が複数の信託や資産の流動化目的の信託、あるいは高齢者や障害者の生活支援を目的とする福祉型の信託など、様々な類型の信託に適切に対応することが困難となっていました。
そこで、新信託法は、現行信託法を全面的に見直し、最近の社会経済の発展に的確に対応した信託法制を整備する観点から、現行信託法の改正ではなく、全271条にわたる新たな信託法という形式で制定されました。
1.新信託法の特色
上記のようにして制定された新信託法は、次の3点の特色があげられます1 。
第1は、当事者の私的自治を基本的に尊重する観点から、現行信託法の過度に規制的なルールを改め、受託者の義務の内容を適切な要件のもとで合理化している点です(例えば、受託者の忠実義務や自己執行義務(信託事務の処理の第三者への委託)に関する規定)。
第2は、受益者のための財産管理制度としての信頼性を確保する観点から、受益者の権利行使の実効性・機動性を高めるための規定や制度を整備している点です(例えば、帳簿等の作成・保存・報告・閲覧等の規定の整備、受益者による差止請求の制度の導入、複数受益者の意思決定における多数決制度の導入、信託監督人及び受益者代理人制度の新設等)。
第3は、多様な信託の利用ニーズに対応するため、新たな類型の信託の制度を創設している点です(例えば、自己信託、受益証券発行信託、限定責任信託、受益者の定めのない信託の各制度の創設等)。
本稿では、第1の受託者の義務について取り上げ、第2及び第3の点については次回以降のニューズレターで検討していきます。
2.忠実義務の明文化と例外の法定化
「受託者はもっぱら受益者の利益のために行為しなければならない」という受託者の忠実義務は、現行信託法上正面からは規定していません。現行信託法においても、たとえば第22条の規定(「受託者ハ何人ノ名義を以テスルヲ問ハス信託財産ヲ固有財産ト為シ又ハ之ニ付権利ヲ取得スルコトヲ得ス」)は忠実義務の存在を当然の前提とする規定と一般に理解されており、忠実義務が受託者の一義務であることには争いはありませんでしたが、一般的な明文根拠を欠くため、対象となる禁止行為の範囲や効果につき議論がありました。また、忠実義務の強行法規性についても現行信託法上明文がないため議論がありました。
そこで、新信託法では、忠実義務につき一般規定を新設し、30条で「受託者は、受益者のために忠実に信託事務の処理その他の行為をしなければならない」と明文化されました。さらに、31条1項で許されない利益相反行為を明示し、同条2項においてその例外として許容される事由も明示しました。具体的には以下のとおりです。
<禁止行為>(31条1項)
①信託財産と固有財産(受託者)の間の自己取引。
②信託財産と他の信託財産の間の取引。
③信託財産と第三者の代理人としての受託者の間の取引。
④信託財産と第三者の間の取引であって、受託者又はその利害関係人と受益者との利益が相反することとなるもの(間接取引)。
<許容事由>(31条2項)
①信託行為に当該行為を許容する定めがあるとき2 。
②受託者が当該行為について重要な事実を開示して受益者の承諾を得たとき。但し、信託行為に禁止規定があるときを除く。
③包括承継により信託財産が固有財産に帰属したとき。
④受託者が当該行為をすることが信託目的の達成のため合理的に必要であり受益者の利益を害しないことが明らかであるとき又は正当な理由があるとき。
許容事由の①が規定されたことにより、忠実義務は任意規定であることが明確になりました。また、忠実義務違反の効果(一定の行為の無効や受託者の損失補填責任における損失額の推定等)も明文化されました(31条4項乃至7項)。
なお、営業として行う信託について規制する信託業法においては、平成16年の改正前は利益相反取引・自己取引が禁止されていましたが、平成16年の改正により、信託契約において「取引を行う旨及び取引の概要について定めがあり、かつ信託財産に損害を与えるおそれがない場合」に認められることとなりました。しかし、信託業法のこの部分も新信託法の制定に伴い、新信託法と同日に成立・公布された「信託法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」により改正されており、①「取引を行う旨及び取引の概要を記載した場合」又は、②「取引に関して重要な事実を開示し、受益者の書面等での承認を得た場合で、かつ受益者の保護に支障を生じることのない場合として内閣府令で定める場合」にも例外として認められることになります。①の要件では、現行信託業法にあった「信託財産に損害を与えるおそれがない場合」という要件が改正信託業法では削除されることになります。②の要件では「受益者の保護に支障を生じることのない場合として内閣府令で定める場合」が今後具体的にどのように定められるかが重要となります。
3.信託事務の第三者への委託
現行信託法26条は、「信託行為ニ別段ノ定アル場合」及び「己ムコトヲ得サル事由アル場合」を除き、受託者は信託事務を原則として自分で執行しなければならないとされています。自己執行義務といわれるものであり、信託においては、委託者は受託者を信頼して財産を委ねているのだから、その信頼に応えるために受託者は自分で執行しなければならないというものです。また、例外として第三者への委託が認められる場合、受託者は選任及び監督についてのみ責任を負う一方で(同条2項)、受託者から委託を受けた第三者は受託者と同一の義務を負うとされ(同条3項)、委託を受けた第三者は一般に委託先に課す場合より重い負担を課されており、その合理性について議論がありました。
そこで、新信託法では、信託事務の第三者への委託につき、社会の分業化・専門化が進んだ現状を踏まえ再委託が効率的である場合に広くこれが認められるよう、再委託を原則として許容し、現行信託法26条1項の規定する場合に加えて、「信託の目的に照らして相当である場合」にも委託できることとしました(28条2号)。また、再委託をした場合、受託者は原則として再委託先の選任監督責任を負い(35条1項及び2項)3 、現行信託法26条3項の第三者の責任に関する規定は削除されました。第三者の責任に関する規定が削除されたことにより、受託者のみが受益者や信託財産について責任を負う形になっており、受託者の責任が現行信託法よりも解釈上重くなったと指摘されています4 。
なお、信託事務の第三者への委託につき信託業法においては、現行信託業法22条1項で、信託業務の第三者への委託が認められるための要件として、①信託業務の一部を委託すること及びその信託業務の委託先(委託先が確定していない場合は、委託先の選定に係る基準及び手続)が信託契約において明らかにされていること、②委託先が委託された信託業務を的確に遂行することができる者であること、③委託に係る契約において、委託先が委託された財産を自己の固有財産と分別して管理することその他の内閣府令で定める条件が付されていること、という3つが挙げられています。前述した「信託法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」による新信託法の制定に伴う信託業法の改正では、上記の③の要件が削除され、委託契約の内容自体に信託業法が事細かに介入しないことになります。もう1つは、信託業法改正案22条で3項が新設され、①信託財産の保存行為に係る業務、②信託財産の性質を変えない範囲内においてその利用又は改良を目的とする業務、③前2号のいずれにも該当しない業務であって、受益者の保護に支障を生ずることがないと認められるものとして内閣府令で定めるものについては、前述した第三者への委託のための要件等が適用されないとされています。
4.その他
上記以外に新信託法における受託者の義務に関する改正として、受託者の善管注意義務について、信託行為に別段の定めを設けることが許容されることとなり、善管注意義務が任意法規であることが明確になりました(29条2項)。また、分別管理義務につき、信託の登記登録のできる財産についてはこの登記登録義務をすべて免除することはできないが(受託者が経済的な窮境に陥る等の事情が生ずるまで一時的に猶予することは可能であるとの解釈もされています5 。)、それ以外の種類の財産については、信託行為の別段の定めを設けることが許容されました(34条)。
ただ、上記2.に検討した受託者の忠実義務を含め、受託者の義務とされている事項をいずれも任意法規であることを理由に特約によって全て免除する場合、当該信託が信託としての性質が維持されるか、信託であると認められるためには最低限どこまでの内容が必要かという緩和の限界という問題が存在すると指摘されています6 。
5.新信託法の附則の内容等
新信託法は、自己信託に関する規定や受益者の定めのない信託といった一部例外を除き、公布の日(平成18年12月15日)から起算して1年6月を超えない範囲内において政令で定める日から施行されます(附則1項)。現在既に有効に存する信託に関する新信託法の適用関係については、契約によってされた信託で新信託法の施行の日前にその効力が生じたもの又は遺言によってされた信託で新信託法の施行の日前に当該遺言がされたものについては、信託財産に属する財産についての対抗要件に関する事項を除き、なお従前の例によるとされています(信託法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律2条)。但し、信託行為の定めにより、または委託者、受託者及び受益者の書面等による合意によって適用される法律を新信託法とする旨の信託の変更をして、これを新信託法の規定の適用を受ける信託とすることができます(同法3条)。
以上
- 法務省民事局参事官寺本昌広・法務省民事局付村松秀樹・同富澤賢一郎・法務省民事局調査員鈴木秀昭・同三木原聡「新信託法の解説(1)-金融実務に関連する部分を中心に-」金融法務事情1793号(2007年2月5日)11及び12頁参照。
- 「信託行為に当該行為を許容する定めがあるとき」という例外の場合、信託契約上どの程度具体的に定める必要があるかについて問題となりますが、31条2項により許容される利益相反取引について、受託者は善管注意義務を負うことを前提とすれば、事前の禁止解除規定である1号においては、個別具体的な取引に関する受益者の承認を取得する2号の場合に比較して抽象的な規定であることも許されるのではないかという指摘もあります(「有斐閣法律講演会2006 新しい信託法と実務 特集 パネルディスカッション 新しい信託法と実務(道垣内弘人 井上聡 沖野眞巳 吉元利行)」ジュリスト1322号(2006年11月1日)15乃至19頁参照)。
- 受託者の選任監督義務は、以下の者への委託の場合には適用されないとされています(35条3項)。
①信託行為に定められた第三者
②信託行為の定めに従い委託者又は受益者が指名する第三者(但し、受託者は、当該第三者が不適任である場合等に、受益者への通知又は委託の解除等必要な措置をとらなければならない。) - 前掲「有斐閣法律講演会2006 新しい信託法と実務 特集 パネルディスカッション 新しい信託法と実務(道垣内弘人 井上聡 沖野眞巳 吉元利行)」ジュリスト1322号(2006年11月1日)24頁参照。
- 前掲「新信託法の解説(1)-金融実務に関連する部分を中心に-」金融法務事情1793号(2007年2月5日)13頁参照。
- 道垣内弘人「有斐閣法律講演会2006 新しい信託法と実務 特集 基調講演 信託法改正と実務」ジュリスト1322号(2006年11月1日)13頁参照。
執筆者
弁護士 山﨑 敬子 kyamazaki@mofo.com
本稿は執筆者個人の見解に関わる部分があり、当事務所の意見を代表するものではありません。



