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2007. 04.01
新しい信託法(2)
「新しい信託法(1)」(2007年2月発行)では、平成18年12月8日に成立し、同月15日に公布された信託法(以下「新信託法」といいます。)のうち、受託者の義務にかかる改正について解説しました。第2回は、改正の第2のポイントである、受益者の権利行使の実効性・機動性を高めるための制度の整備について説明します。
1. 受益者の権利に関する主な改正
新信託法においては、受益者1 のための財産管理制度としての信託の信頼性を確保する観点から、受益者の権利行使の実効性・機動性を高めるために、主として以下の制度が整備されました。
(1) 信託に関する情報提供請求権
①帳簿等の作成・保存・報告・閲覧等にかかる規定の整備
②信託に関する通知を受ける権利
(2) 受益者が信託事務処理の適正化を求める権利
①受託者に対する差止請求権
②検査役選任請求権
(3) 違法な信託事務処理がなされた場合の事後的救済に関する権利
①一定の行為の取消権
②損失てん補等の請求権
(4) 受託者の監督・監視等に関する制度
従来の信託管理人に加え信託監督人及び受益者代理人の制度を新設
(5) 受益者が複数の場合の意思決定
①受益者集会
②受益権取得請求権

2. 各制度の概要
以下では1.に掲げた各制度の概要と、実務への影響について説明します。
(1) 信託に関する情報提供請求権
①帳簿等の作成・保存・報告・閲覧等にかかる規定の整備
受益者による権利行使の実効性を確保するためには、受託者による信託事務処理の状況等について、十分な情報がタイムリーに受益者に提供される必要があります。そこで、新信託法は、受託者に信託帳簿等、計算書類等、信託事務処理書類等の作成を義務付けるとともに(新信託法37条2項、4項、5項)、受益者に、信託事務の状況等を明らかにするために、受託者に対する報告請求権(新信託法36条、37条3項)を認めています。また、受益者は、一定の要件のもとでこれらの書類等の閲覧・謄写を請求することができます(新信託法38条1項、6項)。2
②信託に関する通知を受ける権利
信託行為の定めによって第三者から受益者となるべき者として指定されていても、自らが受益権を取得したことを知らないことがあり得るため、かかる受益者は、受託者からその旨の通知を受ける権利を有するものとされました(新信託法88条2項)。また、信託行為に別段の定めがない限り、受益者は受託者の利益相反取引(新信託法31条1項各号、3項)、受託者の任務終了(新信託法59条1項、60条1項)、信託の変更(新信託法149条2項2号)、清算受託者による信託財産の処分(新信託法178条2項、3項)に際して、それぞれの通知を受ける権利を有します。
(2) 受益者が信託事務処理の適正化を求める権利
①受託者に対する差止請求権
受託者の行為が法令又は信託行為に違反するおそれがあることを受益者が知った場合、信託財産に著しい損害が生ずるおそれがあるときは、受益者は、受託者に対し当該行為をやめるよう請求することができます(新信託法44条)。かかる法令違反には、受益者が複数であって、受託者の行為が各受益者に公平に職務を行う義務(新信託法33条)に違反するおそれがあり、かつ、一部の受益者に著しい損害が生じるおそれがあるときも含まれます。
②検査役選任請求権
受益者は、受託者の信託事務の処理に関し不正の行為又は法令・信託行為の定めに反する重大な事実があることを疑うに足りる事由があるときには、信託事務の処理状況等を調査させるために裁判所に対して検査役の選任を申し立てることができます(新信託法46条)。
(3) 違法な信託事務処理がなされた場合の事後的救済に関する権利
①一定の行為の取消権
受託者が既に違反行為を行ってしまった場合においても、受益者は、一定の要件のもとで、受託者の権限外の行為や利益相反取引を取り消すことができます(新信託法27条、31条)。他方で、取引の外観に対する第三者の信頼を保護し、取引の安全を図るため、取消しの対象を受託者の権限違反行為一般とした上で、取引の相手方が善意無重過失である場合には取消権を行使できないものとされています(新信託法27条1項,2項)。
②損失てん補等の請求権
受益者は、受託者がその任務を怠ったことによって、信託財産に損害が生じたときは信託財産に対する当該損失のてん補を、また信託財産に変更が生じたときは原則として信託財産の原状回復を、受託者に対し請求することができます(新信託法40条1項)。
(4) 受託者の監督・監視等に関する制度
現行法においても受託者を監督する制度として信託管理人(現行信託法8条)の選任がありますが、これは受益者が不特定かいまだ存在しない場合にのみ認められていたため、受益者の利益保護が十分に図られないという問題がありました。そこで新信託法においては、従来の信託管理人(新信託法123条~130条)に加え、信託監督人(新信託法131条〜137条)及び受益者代理人(新信託法138条~144条)の制度が新設されました。各制度の位置付けは、下表のとおりです。

信託監督人と受益者代理人は共に受益者が存在する場合の制度ですが、信託監督人の制度は、主に受益者が受託者を監視・監督することが困難な場合における受益者の利益保護のために導入された制度とえいます。これに対し、受益者代理人は、受益者が変動したり又は多数であるために受益者による権利行使が困難である場合において、受益者の利益保護及び信託事務の円滑化を図ることを目的としています。多数の受益者が存在するファンドや資産流動化のための信託などにおいて、特定の受益者の行為によって他の受益者の利益が害されることのないよう、受益者の統一的な権利行使を図るために、受益者代理人の制度が活用される場合が出てくると考えられています。3
(5) 受益者が複数の場合の意思決定
①受益者集会
現行法は、同一の信託に複数の受益者が存在する場合を想定していないため、複数の受益者が存在する商事信託においても全員一致の意思決定が必要となるという硬直さがありました。新信託法は、受益者が複数の場合に、信託行為に定めることにより、受益者集会での多数決による意思決定を行うことが可能となりました(新信託法106条以下)。
②受益権取得請求権
受益者が複数の場合に、多数決によって重要な信託の変更等(新信託法103条1項各号、2項)がなされる場合、当該変更等によって損害を被るおそれのある少数受益者を保護するために、受益者から受託者に対する受益権取得請求権が認められており、当該権利を行使した少数受益者は、受益権を公正な価格で取得するよう受託者に請求することができます。
3. 各制度の課題と実務への影響
以上で説明した制度については、今後、実務上検討されるべき課題もあると思われます。
例えば、帳簿・書類等の閲覧・謄写請求が他の受益者の情報を対象としてなされた場合において、プライバシー権との調整の観点から、受託者の開示拒否事由(新信託法39条2項、190条3項各号)の運用や信託行為における規定の仕方(新信託法39条3項、190条4項)に関して検討を要すると思われます。
また、受益者代理人の制度を利用する場合には、受益者による受益者代理人に対する監督の実効性をいかに確保するかが課題となります。
さらに、立法論ではありますが、受益者集会については、その決議の安定性を確保するため、決議の内容・手続に瑕疵があった場合の無効・取消しの制度の整備も必要と思われますし、少数受益者の保護を図る受益権取得請求権についても、濫用を防止するため、要件たる受益者の「損害」の範囲についての解釈が確立される必要があります。
新信託法上、受益者の権利行使の実効化を図る制度の多くが任意規定として定められていることから、今後、これらの制度が実務にもたらし得る影響については、新信託法施行後の運用状況を見守る必要があるものと思われます。
以上
- 新信託法2条6項は、受益者を「受益権を有する者」と定義し、同条7項は受益権を「信託行為に基づいて受託者が受益者に対し負う債務であって信託財産に属する財産の引渡しその他の信託財産に係る給付をすべきものに係る債権及びこれを確保するためにこの法律の規定に基づいて受託者その他の者に対し一定の行為を求めることができる権利」と定義しています。
- 新信託法38条6項により計算書類等の閲覧謄写請求権が認められる「利害関係人」には、受益者も含まれると考えられます。片岡雅・堂園昇平・住友信託銀行コンプライアンス統括部法務室・友松義信・拝原宏明・福井修・吉谷晋「ケーススタディ改正信託法」金融法務事情1791号(2007年1月5・15日合併号)33頁参照。
- 寺本振透 弁護士(西村ときわ法律事務所)編集代表「解説 新信託法」(2007年)196頁参照。
執筆者
弁護士 俵谷はるみ hhyotani@mofo.com
本稿は執筆者個人の見解に関わる部分があり、当事務所の意見を代表するものではありません。



