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2007. 04.25
特許権の行使と、不正競争行為・不法行為の成立
執筆者
弁護士 古島 ひろみ hfurushima@mofo.com
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(本稿は執筆者個人の見解に関わる部分があり、当事務所の意見を代表するものではありません。)
はじめに
特許権者が他者に対し、その製造販売する製品が当該特許権者の特許権を侵害している旨を警告する行為は、一般には特許権者の正当な権利行使の一環とされ、かかる行為が法的に問題とされることは原則としてありません。
しかし、競業者の取引先に対して競業者の製品が当該特許権者の特許権を侵害する旨を警告した後に、当該特許権の非侵害又は無効の判断が確定した場合、競業者に対する不正競争防止法上の虚偽事実の陳述流布行為の成立が問題となります。また、競業者やその取引先に対する差止仮処分命令の申立て及びその追行、又は侵害訴訟の提起及びその追行、さらに当該仮処分決定の執行についても、後に当該特許権の非侵害又は無効の判断が確定した場合、競業者又はその取引先に対する不法行為等が成立する可能性があります。
これらの諸論点について判断した近時の裁判例として、大阪地裁平成19年2月15日判決1 (以下「本件判決」といいます。)があります。本件判決における争点は多岐にわたっていますが、今回は、不正競争行為の成否における主観的要件及び損害に関連する論点を中心に紹介いたします。
I. 本件判決の事実関係
本件判決は、生理活性物質の測定方法に関する特許権並びに新規生理活性物質及びその製造方法等に関する特許権を有し、これらの特許技術を用いた製剤を製造販売する製薬会社が、当該製剤の後発医薬品の製造会社及び販売会社が特許権を侵害している旨を告知・流布し、さらにこれらの会社の取引先に対して仮処分申立、訴訟提起等を行ったことについて判断したものです。
II. 競業者の取引先に対する特許権侵害に関する警告
不正競争防止法上、「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為」は、「不正競争」(2条1項14号)として差止請求の対象となり、これによって生じた損害は賠償請求の対象となります(3条4条)。
1. 不正競争防止法に基づく損害賠償請求権の存否
(1) 本件判決における判断
本件判決では、不正競争防止法に基づく損害賠償請求が認められるための要件を、(a) 競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実の告知・流布の存在、(b) 故意又は過失及び(c) 違法性としています。そして(b)については、「法的手続によらずに自力救済的に行われる権利行使であり、常にその認識判断が誤っている危険をはらむ一方、一度そのような行為がなされると・・・競業者に重大な損害をもたらす恐れが高いこと」から、告知した者には高度の注意義務が課されるとし、(c) については、「警告等が当該警告にいたる経緯、当該警告等の態様(内容、文面、規模、状況等)、当該警告後の経緯等に照らして、当該取引先に対する訴訟提起の前提としての事前の真摯な紛争解決探求行為と認められるものである場合には、訴訟提起に準じるものとして違法性を有しない」という判断基準が示されています。
具体的適用においては、まず(a)については、当該特許権の非侵害又は無効を認定し、そうである以上虚偽の事実の告知・流布に該当するとしています。
(b) の故意過失については、後に非侵害と判断された、競業者の用いる確認試験の方法が測定方法に関する特許権を侵害している旨の告知流布につき、競業者の訴訟態度や、厚生省担当官の説明等から、侵害と判断したことにつき高度な合理的根拠があったとして、故意過失を否定しています。
他方、同様に後に非侵害と判断された、競業者が製剤を販売する行為が測定方法に関する特許権を侵害している旨の告知流布については、特許権者が「製剤の確認試験の方法が測定方法に関する特許権を侵害している場合に、製剤の販売行為も同特許権の侵害となる」と判断したことにつき、かかる見解が従前の定説ではなかったため、控訴審で一旦認められるまではかかる見解を採用する合理的根拠はなく、少なくとも過失があったと認定しています。
さらに、後に進歩性又は新規性の欠如を理由に無効とされた新規生理活性物質の特許権に関しては、告知・流布行為がされた時点で無効審判請求はされておらず、また無効理由の主張もされていなかったとはいえ、公知文献が特許権者自ら発行した、あるいは学会誌に掲載されていたものであったことから、他者から無効理由の指摘がなかったとしても有効性について疑問を抱いてしかるべきであったとして、これらの特許権を侵害する旨の告知流布について過失を認めています。なお、有効性を認めた特許庁の審決を根拠に過失がなかったとする特許権者の主張については、特許庁の認定が明らかに不合理な判断を含むものであったとして、これを退けています。
(c) の違法性については、謹告文等の業界紙への掲載や医薬品卸売業者に対する文書の送付行為は、競業者の製造販売する後発医薬品の取扱いの有無に拘らず網羅的に特許権侵害の事実を告知したものであり、当該取引先に対する訴訟提起の前提としての事前の真摯な紛争解決探求行為とは認められないとして、違法性を認定しています。
(2) 近時の裁判例の中における位置付け
かつての裁判例は、後に特許権の非侵害又は無効の判断が確定した以上、特許権者のなした警告は当然に虚偽の事実を告知したものであって不正競争行為に該当し、注意義務違反や行為態様は損害賠償責任の有無において判断するという考え方でほぼ一貫していました。
しかし、東京高裁平成14年8月20日判決2 において、「特許権者による特許権の正当な権利行使の一環としてなされたものは、正当行為として、違法性を阻却される」との判断が示されました。同判決では、正当行為といえないものとして、(a) 注意義務違反、又は(b) 社会通念上必要とされる範囲を超えた内容・態様のもの、が挙げられています。そして(b) において考慮されるべき諸般の事情として、具体的には、(i) 当該警告文書等の形式・文面、(ii) 当該警告に至るまでの競業者との交渉の経緯、(iii) 警告文書等の配布時期・期間,配布先の数・範囲、(iv) 警告文書等の配布先である取引先の業種・事業内容、事業規模、競業者との関係・取引態様、当該侵害被疑製品への関与の態様、特許侵害争訟への対応能力、(v) 警告文書等の配布への当該取引先の対応、(vi) その後の特許権者及び当該取引先の行動等が挙げられています。当該東京高裁判決における判断基準又はこれに準じた基準は、その後の東京地裁及び東京高裁における多くの裁判例で採用されています。
本件判決は、差止めが請求の趣旨に含まれていないため明確ではないものの、上記東京高裁判決の立場ではなく、後に特許権の非侵害又は無効の判断が確定した以上不正競争行為に該当するという立場をとったものと考えられます。また、告知した者には高度な注意義務が課されるとした上で、具体的な適用において、無効とされた特許権について他者から無効理由の指摘がない上、有効性を認めた特許庁の審決が存在したにもかかわらず、特許権者の過失を認めており、近時の裁判例と比較しても、特許権者に厳しい注意義務を課しているようである点3 が注目されます。
2. 損害
本件判決では、逸失利益が発生した可能性は認めつつも、具体的にこれが発生した事実及びその額については否定しています。一方、無形損害として、告知行為の対策として取引先に事情説明を行ったこと等通常を上回る営業努力が必要となったこと等から、各社につき200万円の損害を認めています。
近時の裁判例の中には、警告によって取引先との取引が継続できなくなったことによる逸失利益を認めたもの、無形損害に加えて相当額の弁護士費用や弁理士費用を認めたもの等があります4 。
III. 侵害訴訟の提起・追行及び仮処分の申立て・追行
後に特許権の非侵害又は無効の判断が確定した場合、当該特許権に基づく侵害訴訟の提起・追行及び仮処分の申立て・追行につき不法行為の成立が問題となります。
本件判決は、最高裁昭和63年1月26日第三小法廷判決を引用し、裁判を受ける権利の尊重から、訴えの提起や仮処分の申立が裁判制度や仮処分制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められる事情が存在するときに限り違法性を有するとした上で、本件ではそのような事情は存在しないと判断しています。かかる判断基準は、従来の裁判例に沿ったものといえます5 。
IV. 仮処分決定の執行
当該特許権に基づく仮処分決定が、後に特許権の非侵害又は無効の判断が確定したことにより、当初から不当であったことが確定した場合、これを執行した仮処分債権者に故意又は過失があったときには不法行為が成立し、仮処分決定の執行によって生じた損害に対する賠償請求が認められます。
1. 不法行為に基づく損害賠償請求権の存否
本件判決は、最高裁判所昭和43年12月24日第三小法廷判決を引用し、仮処分決定が被保全権利が存在しないために当初から不当であったことが本案訴訟等において確定した場合、特段の事情のない限り、債権者には過失があったものと推定するのが相当であるとした上で、本件ではかかる推定を覆滅するに足りる事情はないと認定しています。
かかる判断基準及び過失を否定する事情を厳格に判断する点は、従来の裁判例に沿ったものといえます。なお、従来の裁判例においては、弁護士・弁理士の鑑定書を事前に取得していた事実や、債務者の無効の主張が採用されずに仮処分決定が出たことも過失を否定する事情にはあたらないとされたものがあります6 。
2. 損害
本件判決は、直接損害として、仮処分の執行を受けた取引先より競業者が返品を受け廃棄処分したこと(466万9392円)を、またかかる取引先との間の取引中止による損害(各社652万円)や、かかる取引先との関係の信用毀損による無形損害(各社100万円)を認めています。他方、他社との取引への影響及び他社との関係での信用毀損による無形損害については相当因果関係を否定しました。
近時の裁判例の中には、執行自体による損害、逸失利益及び仮処分命令の効力排除手続に要した相当額の弁護士費用等を認めたものがあります7 。
おわりに
以上のとおり、特許権者が競業者の取引先に対して権利行使するにあたっては、特許権に基づく仮処分申立を行う場合よりも特許権侵害の警告を行う場合のほうが、特許権の有効性や警告の内容・態様につき慎重に検討する必要があるといえます。また、特許権侵害の警告に際し、特許権者に求められ注意義務の程度や、いかなる告知内容や態様までが許容されるかについては、裁判例によっても判断が分かれている上、具体的事案の個別的な事情に左右される点にも注意が必要です。さらに、仮処分決定を得て執行を行う際には、仮処分申立の際には問題とならなかった特許権の有効性の判断に関する過失が推定され、かかる過失が否定されるのは限定的な場合であることにも注意が必要です。
以上
- 平成17年(ワ)第2535号、最高裁判所ウェブサイト
- 判例時報1807号128頁。なお、同判決の一審である東京地裁平成13年9月20日判決(判例時報第1801号113頁)においても、理論構成は若干異なるものの、同様の基準が示されている。
- 近時の東京地裁の裁判例の中には、通知の態様及び内容のみ検討し、注意義務違反についてふれていないもの(東京地裁平成16年8月31判決、判例時報1876号137頁)、進歩性の欠如を理由に無効とされた特許権に基づく警告が問題になった事案で、先行技術の存在を知っていながら十分に検討をしなかったと認定しつつ、注意義務違反を否定したもの(東京地裁平成18年8月8日判決(平成17年(ワ)第3056号)、最高裁判所ウェブサイト)等がある。
他方、損害賠償を認めたものとしては、競業者が非侵害の証拠を示して警告を中止するよう求めたにもかかわらず警告を続け、取引先が競業者に対し取引の中止を伝えてきたもの(東京地裁平成15年10月16日判決、判例時報1874号23頁)、進歩性の欠如を理由に無効審決がなされた後に警告をなしたもの(東京地裁平成18年7月6日判決(平成17年(ワ)第10073号)、最高裁判所ウェブサイト)等がある。 - 逸失利益について、東京地裁平成15年10月16日判決(判例時報1874号23頁)、弁護士費用等について、東京地裁平成18年7月6日判決(平成17年(ワ)第10073号、最高裁判所ウェブサイト)。
- 訴訟提起について、東京地裁平成17年2月25日判決(判例時報1935号94頁)、著作権侵害に関してであるが仮処分命令の申立について、東京地裁平成16年1月28日判決(平成15年(ワ)5020号、最高裁判所ウェブサイト)など。
- 鑑定書について、東京地裁昭和40年10月19日判決(判例タイムズ188号213頁)、無効主張の不採用について、東京高裁平成17年1月31日判決(平成16年(ネ)第2722号、最高裁判所ウェブサイト)。
- 大阪高裁判決平成17年3月29日判決(平成16年(ネ)第648号、最高裁判所ウェブサイト)。
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