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2008. 02.19
オートバックスCB発行差止仮処分事件の主要論点(上)
平成19年10月26日、株式会社オートバックスセブンは、取締役会において、概要末尾記載のとおりの無担保転換社債型新株予約権付社債(以下「本件CB」という。)を第三者割当ての方法により発行することを決議し、同日これを公表した。
オートバックス社の財務状況は、直近の連結売上高は2,425億円、流動性資産が1,226億円、流動負債は551億円と潤沢な手許流動性資産を有しており1 、また、発行株式の状況は、発行済株式総数が3925万5,175株であり、本件CBが全て普通株式に転換された場合、引受先であるSK Advisory Ltd.( SK社)とARCM Ltd. (ARCM社)は合わせて約2,250万株、発行済株式総数の36.43%もの持株比率を保有する筆頭株主となるはずであった。2
オートバックス社の株主であるトラストを運用する英国の投資運用会社シルチェスター・インターナショナル・インベスターズは、上記の公表に接し、有利発行であるにもかかわらず株主総会決議を経ていないことを理由とする法令違反、及び、不公正発行であることを理由として、本件CBの発行差止仮処分命令を東京地裁に対し申し立てたが、平成19年11月12日付で、同地裁よりこれを却下する決定が下された。
本件CBについては、差止の申立を却下する決定が出たにもかかわらず、結局払込期日に引受先から払込がなされなかった。ところが、オートバックス社は着金確認をしないまま払込完了とする適時開示を行ってしまったため、さらに払込完了との発表を訂正する開示が行われ、結局混乱のうちに同社は本件CB発行の中止を決定した。
東京・大阪証券取引所は、かかる不適切な開示に関し、オートバックス社に対して改善報告書の提出を求めたが、当初提出にかかる改善報告書の内容が明らかに不十分だったことにより、同社は再提出を求められるなど、異例の経過をたどった。
以上の顛末により、市場関係者及び法律関係者の関心は、もっぱら、なぜ払込がなされなかったのか、経営者の経営責任如何といった点に移ってしまった趣がある。しかし、本件は、新株予約権付社債の有利発行性が正面から争われた、少なくとも公表された事例の中では最初のケースと思われ、興味深い論点を多く含むものである。
当職は、本件仮処分事件の債権者代理人3 となった経験から、本件に関し特に問題となった点を紹介し、現時点では必ずしも議論の尽くされていない論点のいくつかについて問題提起を試み、これに関し法律専門家のみならず、新株予約権付社債を始めとする金融商品の発行・評価に関与する市場関係者や専門家から有益な提言がなされることを期待して本稿を掲載するものである。
1.本事案の特徴
新株予約権付社債と異なり、募集新株予約権の発行については、近時立て続けに発行差止を認める決定が下されていることは記憶に新しい。4 しかしながら、これらのケースにおいて問題となった新株予約権は、下方修正条項が付されたいわゆる「MSワラント」であり、下方修正条項の適用により本来低い行使価額で新株予約権を行使できる可能性があるにもかかわらず、取得条項が存在するために修正が行われることが十分考慮されていなかったり、あるいは、任意消却特約の存在を理由に、オプション価格が低く評価され過ぎていることが問題とされたものと思われる。これに対し、本件CBはいわゆるMSCBでもないし、特異な条項が付されたものでもない。
本件の特徴は、上述のとおり、まさに、本件CBの引受先がオプションをすべて行使すれば、既存株主の有する持株割合に対し約60%パーセントもの希薄化を発生させる大規模な資金調達であるとともに、引受先は発行会社の拒否権を有する筆頭株主になるというところにある。すなわち、有利発行性の局面では、本件の問題点は、上記の事情が、転換された株式の市場流動性の欠如を生むものとしてオプション価値を下げる方向に働くべきなのか、あるいは、支配権の移動を伴うオプションの付与は、むしろオプション価値にコントロールプレミアムを付加する方向でプラスに評価されるべきなのかということころにあった。また、不公正発行との関係では、かかる大規模な資金調達が、実態の不明な海外のファンドに対し具体的な資金需要がないにもかかわらず行われたということをどう評価すべきなのかが問題であった。5
2.新株予約権付社債における「新株予約権部分」の分離評価の是非について
募集新株予約権の有利発行性については、オプション評価モデルに従い計算されたオプション価額を公正価値とし、これを実際の払込金額と比較して判断するという手法によることは、判例によりすでに確立された感がある。6 一方、新株予約権付社債については、会社法上「新株予約権が付された社債」と構成され(会社法2条22号)、その発行差止についても「新株予約権付社債」の有利発行が差止の対象となるわけではなく、あくまで新株予約権付社債に付された「新株予約権」の有利発行が差止の対象となるとされている(247条)。したがって、新株予約権付社債の有利発行性を検討するに当たっても、新株予約権付社債を社債部分の価値と新株予約権部分の価値に振り分けた上で、これを「新株予約権」が単体で発行された場合と同様の手法で評価すべきように思われる。
本件においても、このような考え方を前提に、当事者からは、本件CBに付された「新株予約権」部分の公正価値につき、これを新株予約権単体としてオプション理論により評価する、あるいは、本件CB全体の公正価値を求め、そこから普通社債としての公正価値を控除した金額を公正なオプション価値と考える等の試みがなされた。7 また、本件決定も、「当該新株予約権の実質的な対価は、特段の事情のない限り、当該新株予約権付社債について定められた利率とその会社が普通社債を発行する場合に必要とされる利率との差に相当する経済的価値であるということができる。また当該新株予約権の公正な価値は、・・・オプション評価理論に基づき算出された新株予約権の発行時点における価額であると解される」(下線筆者)とした上で、算出された「実質的な対価」と「公正な価値」を比較し、前者が後者を大きく下回るときは有利発行であると判示し、新株引受権付社債の価値を社債部分と新株予約権部分に振り分けたうえ、オプション部分の公正価値についてはオプション理論に基づき求められるべきとする点では、募集新株予約権の評価におけると同様の手法を採用した。
しかしながら、新株予約権付社債の中でも、本件のような転換社債型のいわゆるCBと呼ばれるもの(転換社債とは旧商法上の用語であり、正確には「転換社債型新株予約権付社債」であるが、ここでは便宜上「転換社債」という。)については、新株予約権の分離行使ができずかつ新株予約権を行使すれば社債は消滅するという性質上、新株予約権と社債が一体と解されることから、経済的にはそれらを分離して評価することができないと考えるのが評価実務においては一般的であるといえる。
転換社債の評価は、誤解を恐れずきわめて単純化すれば下記の手順で行われる。
① 行使期間中の株価推移を予測する。
② 予測の結果、株価が行使価額を上回る場合については、その時点で権利行使を行い株式に転換した上売却することによって得られる金額と権利行使せず社債のまま継続保有した場合に得られる金額のいずれか大きい方の金額を取得するものと仮定し、逆に、株価が行使価格を下回る場合については、権利行使せず社債のまま継続保有するものと仮定する。
③ 前記の仮定に従い、それぞれのケースにおいて取得する金額を適正な発生確率・割引率を用いて現在価値に割り戻し転換社債の現在価値を算定する。
すなわち、転換社債においては、株式に転換・売却した場合に受領する金額と社債の償還により受領する金額の大小関係を比較して評価が行われるのであって、こうした評価手法に照らせば、新株予約権と社債を分離して個別に評価をすることがそもそもできないのではないか、少なくともそのような分離評価によるアプローチは転換社債の有する経済的機能やその経済実態にそぐわないのではないかとの疑問が生じうるのである。
そして、仮に、転換社債のオプション部分のみの価値を分離して評価しようとすることが転換社債の本質(オプションが行使されるまでは「社債」であり、行使されれば社債は消滅し「株式」となるのであって、社債の性質と株式の性質を同時に併有することはない。)と相容れず、これを無理にオプション部分と社債部分に振り分ける場合には却って公正な評価が妨げられるなどの可能性があるのであれば、転換社債の場合の有利発行性についてはオプション部分のみを取り出すのではなく、転換社債全体の評価によるべきなのではないかといった観点から検討がなされるべきであると考える。8 また、仮に転換社債全体の公正価値をその実際の払込価額と比較して評価するとした場合、有利発行とされる範囲は、新株発行におけると同様発行決議直前ないし直近数ヶ月の時価の90%程度を目安とすべきなのか、あるいは、新株発行の場合とは別の基準が妥当すべきなのかという点も今後検討すべき事項であろう。
3.オプション行使により支配権が移動する可能性がある点をどう見るかについて
前述のとおり、本件でもっとも問題になった点の一つが、本件引受先がオプションをすべて行使した場合に36%超の拒否権を有する筆頭株主となるということを、オプション価額評価の局面でどのように評価すべきかということであった。
この点、債務者は、オートバックス社株式の1日平均出来高が80,000株だとの前提に立った上で9 、日本証券業協会の自主ルールの存在10 、及び、市場にインパクトを与えずに処分できる株式数の上限を理由に、実際に売却できるのは1日当たり売買出来高の10%程度であるとして11 、本件引受先が2,250万株の株式を取得できるオプションを有しているとしても、実際には市場において1日あたり売却可能な8,000株分しか権利行使・売却できないとの前提を置いてオプション価額を評価した。12
これに対し、債権者は、33%超、2,250万株の株式を保有している株主が株式の処分を検討する場合、市場において長期間にわたり8,000株を限度に売却することを想定することはおよそ経済実態に合致せず13 、むしろM&A ないし市場内立会外取引により売却するものと想定すべきこと、特にM&A取引による場合は、市場価格にプレミアムを付した価格で売却されることを考慮すれば、オプション価額の算定にあたり市場での売却が1日あたり8,000株に制限されるとの前提を置き、オプション価額を下げようとすることは誤りであるとして争った。この点に関し、裁判所は、債務者の行ったオプション価額の評価方法は、「適時における市場での売却を前提とするものである以上、市場の売却制限の存在を前提条件にすることが不合理であるとはいえない。」としたうえ、M&A等の手法による売却はその実現可能性、売却価格を合理的に予想できないとして、「M&A、市場内立会外取引による売却可能性を前提条件として考慮しないことをもって不合理ということはできない。」と判示したものである。
しかし、このような考え方によれば、新株予約権を利用した場合、大規模な資金調達であればあるほど、それにより引受先が受ける支配権の取得などの恩恵はまったく考慮されない一方で、オプション価額の評価は下がる方向にのみ働くことになり、有利発行とされる場合は極端に小さくなることが予想される。これでは、大幅な希薄化を伴うほどより既存株主の利益は害されることが明らかであるにもかかわらず、救済措置が有効に機能しなくなってしまう虞がある。
そもそも、かかる支配権を有する株式が、取締役会の決議のみで一般株主にはその実態も不明な海外のファンドに発行され、筆頭株主となってしまうことの是非については、支配権の移動を伴う株式の発行には株主総会決議を要求すべく法律を改正する、証券取引所の上場規則等の改正により何らかの規制を設けるといった対応をすべきなのではないかといった側面からも議論されているようである。14 これらの検討がなされるべきはもちろんであるが、それとは別に、かかる支配権を掌握できる数の株式ないし新株予約権の公正価値の算定のあり方という面からも、この問題を検討できないのかが議論されてしかるべきではないだろうか。
今回は有利発行にまつわる主要な論点で紙面が尽きたので、不公正発行関連の問題点については次回に譲ることとする。なお、本稿の執筆に際しては、公認会計士の山下章太先生に有益なご教示・ご示唆を多々いただいた。この場を借りて深謝申し上げる。

※1,2 いずれも英国領バージン諸島法人である。
- この他、オートバックス社は、本件CBの引受先1社から1,000億円を限度とするクレジットファシリティの設定も受けていた。
- オートバックス社が東証に提出した改善報告書によれば、SK社とARCM社は、いずれも同一の投資ファンドにより設立された英国領バージン諸島法人である。
- 差止仮処分命令申立事件においては、申し立てたシルチェスター社が債権者、オートバックス社が債務者となるので、以下本稿において両者をこのように呼ぶことがある。
- TRNコーポレーション事件(東京地決平成18年1月17日)、サンテレホン事件(東京地決平成18年6月30日)、オープンループ事件(札幌地決平成18年12月13日)の3つである。
- 債務者も、M&Aの可能性を社内的に種々検討しているとは主張しつつも、現時点で既に確定しているM&A案件が存在することを前提に資金調達の必要を主張しているわけではないことを自認していた。
- サンテレホン事件及びオープンループ事件において、裁判所は、「募集新株予約権の公正な払込金額とは、・・・オプション評価理論に基づき算出された募集新株予約権の発行時点における価額を言うと解される」とし、取締役会において「決定された払込金額が公正なオプション価額を大きく下回るときは、原則として募集新株予約権の有利発行に該当すると解すべきである」と判示した。
- 本件では、オプション部分の「実質的な対価」を、本件CBの利率と普通社債の利率の差に相当する経済的価値から求めた上、これをオプション部分の公正価格と比較する作業が行われたが、債務者は本件CBからオプション部分を分離したうえでその価値をモンテカルロシュミレーションを用いて算出したのに対し、債権者は、まず本件CB全体の公正な価値を二項モデルを用いて求めたうえ、ここから普通社債の価値を控除した価額をオプション部分の公正価値であると考える手法に拠った。
- こうした検討の結果、仮に転換社債の有利発行性の検討に際しては、まず、転換社債全体としての公正価値を求め、これと実際の払込金額を比較するのが経済実態として正しいのであるとすれば、現行法の建て付けでそれが許されるのか、法改正の必要があるのかがさらに検討されるべきことになる。
- 但し、実際には、オートバックス社の1日あたり売買出来高は直近3ヶ月平均で17万株、6ヶ月平均で14万株、1年平均でも12万株超であり、債務者の用いた数字をかなり上回るものである。
- 同協会は、ムービングストライク型の新株予約権や転換社債型新株予約権付社債について、1日の平均売買数量の25%を超える市場売却を禁ずる自主ルールを有している。
- 債務者は、1日平均出来高の8%の株式の市場売却が6日間行われた場合において株価が約30%値下がりしたライブドアの事例を引用し(但し、MSCBの事案である。)、連日10%を超える売却を続けることは困難と判断するのが妥当と主張した。
- Basel Committee on Banking Supervision, "Trading Book Survey: A Summary of Responses", 2005等では、トレーディング目的の金融商品のリスク管理の局面において、過度に大きなポジションを有することによって市場売却が困難になる、いわゆる「集中リスク」をリスクとして認識すべきとしている。
- 2,250万株を1日あたり8,000株ずつ処分するときは、1年を365日として計算した場合でも、8年近くを要することとなる計算である。
- 2007年12月17日付日本経済新聞によれば、東証及び日本証券業協会は、支配権の移動を伴うような第三者割当増資に関する規範作りに着手したとのことであり、会社法学者には、証券取引等監視委員会に市場を乱すような新株発行への差止権限を与えるべきとの意見もあるとのことである。
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