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2013. 07.31

【ニュースレター】 英国法における信義誠実義務

マックス・オルソン ジェームズ ハフ ルイーズ・ストゥープ スティーブン E. コマー 浅地 正吾
寺澤 幸裕 矢倉 千栄


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(参考訳)

執筆者 アリスター・モーガン/サラ・ウェルズ

欧州に多数存在する大陸法系の法域とは異なり、英国法はこれまで、自らの義務を信義に従い誠実に履行すべきであるという契約当事者の黙示的義務を原則として認めてこなかった。英国の裁判所は、契約当事者には、当事者が望む方法で契約を締結する自由が認められるべきであると考えているため、裁判所が介入することや他に優越する信義誠実義務を課すことには消極的な立場を採ってきた。しかしながら、近年、このような英国裁判所の立場に幾分変化が見られ、スコットランド法や一部のコモンロー法域(カナダやオーストラリアなど)においても、一定の条件の下、信義誠実の原則が認められるようになってきた。

こうした中、2つの事件を機に、英国法における信義誠実義務の問題が再び脚光を浴びるようになった。これらの事件を踏まえ、今後は英国法に準拠する契約においても、黙示の信義誠実義務が認められることになるのであろうか。

英国法に準拠した契約においても、信義誠実義務という一般的な義務が黙示的に認められ得るかという点が争点となった近年の2つの事件は、「英国法の優れた法理の一つは、それ自体のために取引をすることにある」というチャールズ・ディケンズの格言が、今もなお真実として受け継がれていることを物語っている。また、ディケンズと共にヴィクトリア朝時代に活躍した作家であるルイス・キャロルは、鏡の国のアリスの物語において、信義誠実条項を含まない契約につき、裁判所が終局的には黙示的な信義誠実義務を認める運命にあったことをすでに証明していたとも言える。その一方で、信義誠実義務条項を実際に含む契約を審理した裁判所は、これと正反対の判断を下し、英国法における信義誠実の原則という概念の存在自体を否定したのである。

このような事態は、商事契約の交渉当事者にとって悩ましい問題を生じさせる。すなわち、何としても信義誠実条項を盛り込むべきなのか、あるいは契約の相手方当事者に対して信義誠実に行為するという義務の排除を明示的に謳うべきなのか(この場合、交渉の相手方に対し、その正当性を証明しなければならないという興味深い交渉のテーブルに着くことになり得る)、という問題が生じるのである。

英国法に基づく一般的見解

従来、契約交渉段階における信義誠実義務についての英国法上の一般的な立場は、かかる義務はあまりにも不明確すぎるため、拘束力を持たせられないというものであった。交渉自体が成立しているか否かが誰にもわからない状況にあっては、かかる義務の違反により生じた損害の評価が困難を極めるであろうことは想像に難くない。契約の相手方当事者が交渉の相手方であることを考えれば、そのような相手方当事者に対して信義に従い誠実に交渉するという義務を課すことは、交渉が持つ敵対的性質とは相容れないものであることは明らかである。契約の両当事者は、交渉から離脱することが適切であると考えた場合には、交渉から離脱する、あるいは、より有利な契約条件を勝ち取るべく、交渉からの離脱を仄めかすという自由が認められていなければならない。すなわち、相手方に対して単に「信義に従い誠実に」行為するのではなく、自らの利益を追求する自由が認められている必要があるのである。

また、英国法においては、従来、一旦契約が締結されれば、かかる契約について信義誠実な履行を求める一般的義務は存在しないとされてきた。むしろ、英国法においてはケースバイケースで運用がなされる傾向にあり、特定の不公正な問題に対し、個別の解決策が導かれてきた。そして、一部の業界においてのみ、信義誠実の原則に類似した信任型の概念が次第に浸透していった。例えば、消費者契約(消費者契約における不公正条項に関する規則(1999年)は、標準契約条項、すなわち、個別に交渉されなかった条項については、「かかる条項が、信義誠実要件に反し、かつ当該契約の下に生じる当事者間の権利義務に重大な不均衡を生じさせる場合には」、不公正であると見做されると規定している(規則5(1)))や商業代理店契約(同契約により、代理人は本人(principal)の利益を顧慮し、信義に従い誠実に行為することが要求される)がこれに当たる。

当事者による信義誠実な行為を義務付ける条項が明示的に契約に含まれる場合、英国の裁判所はこれまで、かかる義務を一定のレベルまで支持してきた。例えば、Berkeley Community Villages Ltd and another v Pullen and others事件において、裁判所は、「最大限に信義に従い誠実に」行為する義務により、当事者は「当該契約に関連する行為に則り、公正な取引に関する合理的な商業基準を遵守する」ことが義務付けられるとの判断を示した。一方、Gold Group Properties Ltd v BDW Trading Ltd事件では、裁判所は、いずれの当事者も、かかる義務により、「当事者間で自由に交渉され、明確に契約に組み込まれた金銭的メリットを放棄することは要求されない」との判断を下している。

したがって、究極的には、信義誠実義務を巡る議論を審理してきた英国裁判所の優勢的な見解は、以下の通りであると言える。すなわち、一旦契約が締結されれば、当事者は契約条項を自由に交渉したものと推測されるため、明示的に規定されない限りは、信義誠実義務が黙示的に存在すると裁判所が判断するべきではないというものである。契約条項に違反しない限り、契約当事者が自らの利益を自由に追求することを認めるべきであり、仮に信義誠実義務が黙示的に認められるのであれば、契約の不確実性があまりにも大きくなり過ぎることにもなりかねないというのである。

しかしながら、近年の2つの事件はこのような見解を覆すものとなった。

YAM SENG PTE LIMITED V INTERNATIONAL TRADE CORPORATION LIMITED(「YAM SENG事件」)

この事件は、製品の供給業者(International Trade)とシンガポールに拠点を置く販売会社(Yam Seng)との間で締結された販売契約に関連したものである。International Tradeは2009年1月に初めてYam Sengとコンタクトを取り、両者は2009年5月、マンチェスター・ユナイテッドのブランド名を冠した香水とトワレを免税店で販売するという内容の契約に調印した。価格や製品の納品を巡って何度が議論が交わされた後、販売業者であるYam Sengは、International Tradeによる契約の履行拒絶を主張し、同契約を中途解除した。

当該契約(準拠法は英国法)には、信義誠実義務に関する条項は存在していなかった。にもかかわらず、Yam Sengは、この事件の重要な要素として、契約当事者は互いに信義に従い誠実に取引するという内容の、黙示的な契約条項の存在が認められるべきであると主張した。

信義誠実義務を争点とする裁判の多くは、Interfoto Picture Library Ltd v Stiletto Visual Programmes Ltd [1989] 1 QB 433事件におけるビンガム裁判官の意見に依拠している。同裁判官は次のように述べている。「多くの大陸系の法体系、ともすればコモンロー法域を除くほとんどの法域において、債権法上、契約当事者は契約の締結と履行において信義に従い誠実に行為すべきであるとする優越的原則が認められており、これが実施されている。これは、単にお互い騙し合うべきではないということを意味しているのではない(これは全ての法体系において認められるべき原則である)。その意味するところを伝えるには、『フェアプレーで行く』、『隠し立てをしない』、『手の内を明かす』といった表現が最も適切であるかもしれない。要するに、公正でオープンな取引の原則である。英国法は、その特徴として、そうした優越的原則を認めないとする立場を採ってきたが、不公正さの問題が突きつけられた場合においては、個別に解決策を導き出してきた」。

こうした論拠に照らし、Yam Seng事件を審理した裁判所は、英国法においては、信義誠実義務が全ての商事契約に黙示的に含まれることまでを法律によって認める段階にはないとの判断を下した。こうした一見自明とも思われる原則を述べながら、裁判官は更に、「契約当事者の意図を推定することにより、通常の商事契約において」黙示的な誠実義務を認めることが可能であると判示したのである。そして、こうした「一方では認めながら、一方で否定する」という意見を示した上で、同裁判官は、契約当事者の意図の解釈という間接的な方法を用いはしたものの、信義誠実義務に基づいて黙示的に存在するとYam Sengが主張した複数の条件について、それらが存在し得ることを認めたのである。

原則的には、ある条件が契約の内容に含まれることが契約当事者の意図であったと判断される場合、裁判所はかかる条件が黙示的に存在していたと認めうるように思われる。この場合、当該条件は、他言を要しないほど明白でなければならず、契約において取引の有効性を保証するもの、あるいは「黙示的ではあるが、契約当事者が自らのために締結した契約の内容に含まれるもの」である必要がある。近年、こうした審査手法は一段と広がりを見せており、契約全体の解釈との関連において、すなわち、関連する背景を含めて全体として読んだ場合に、その契約がどのようなものであると解釈できるか、ということを考慮した上で、黙示的な契約条項の検討が行われるようになってきた。関連する背景には、「契約当事者にとって既知の事実のみならず、共通の価値観や行動規範」が含まれると考えられる。また、そうした行動規範には、「一般的な社会通念」またはその業界や産業に特有のものも含まれうる。

Yam Seng事件を審理した裁判所は、信義誠実義務との関連において何が黙示されているかを審理するに当たり、契約両当事者の背景を顧慮した。同裁判所は、履行に際して誠実さ(honesty)が要求されていない契約書というのは想像しがたいとし、よって、ほぼ全てのケースにおいて、信義誠実義務は誠実さ(honesty)を包含するものと考えられ、また、商事取引基準の遵守をも含むものであると判示した。商事取引基準とは、誠実さ(honesty)を超えるものであるが、契約の中で明示的に謳わなくとも適用を受けることを、契約当事者が合理的に理解しているものとして一般に受容されている基準のことである。そうした基準には、「不適切」または「不当な」方法によって契約を履行しないことが含まれると言える。

続いて、裁判所は、特定の筋書きにおいて、「信義誠実義務」に相当すると見做され得る要因を検討した。その結果、特定の筋書きにおいては、情報の共有が求められ得ると判断した。したがって、単に不誠実であることだけでなく、意図的な情報共有の不作為も、信義誠実義務違反に当たる可能性がある。同裁判所はまた、委託または合弁契約、フランチャイズ契約、長期販売契約(Yam SengとInternational Tradeのケースはこれに当たる)など、長期のコミットメント、相互の信頼、忠誠心を前提とした「関係的契約(relational contract)」においては、特にそうした解釈が妥当すると判示した。

契約自由の原則のために、信義誠実義務が黙示的に存在するとの論理は成立しないという従来の解釈に反論する形で、同裁判所は、それぞれの事例について、その事実に向き合い、「契約の解釈によって」、すなわち、コモンローの法理に基づいた方法に則り、信義誠実義務が黙示的に存在するか否かを検討することが適切な取り組み方であるとした。黙示的な契約条項が存在するか否かは、契約両当事者の意図や当該契約の背景に左右されるものであるが、両当事者は、契約の中に明示的な条項を含めることによって、黙示的な誠実義務の範囲を任意に変更することが可能であることから、両当事者の自由が不法に制限されていたとは言えないとされたのである。

MID ESSEX HOSPITAL SERVICES NHS TRUST V COMPASS GROUP UK AND IRELAND LTD (取引上の登録商標はMEDIREST)(「MEDIREST」)

この事件は、ある病院(Trust)とある業者(Medirest)との間で締結されたケータリング契約に関するものであった。
この契約では一定レベルのサービスが合意されており、Medirestが提供するケータリング・サービスがこれらのレベルを満たさなかった場合、Trustにはサービス・クレジットとサービス不履行ポイント(このポイントが累積した場合、Trustは当該契約を解除することができる)が付与されることになっていた。この事件が注目された理由の一つは、一部のサービス・クレジットによる割引が特に目を引く内容であったことにある(例えば、チョコレートムースの消費期限が1日過ぎてしまった場合、84,000ポンドなど)。

TrustとMedirestとの契約にも、次のような信義誠実条項が明示的に盛り込まれていた。

Trustと契約人は互いに信義誠実に協力し、情報や指示の効率的な伝達や、Trustが本契約の利益を最大限享受することを可能にするために、必要な全ての合理的な手段を講じる」。

議論が持ち上がったのは、どちらの当事者が当該契約を解除する権利を有するのかということを巡ってであったが、この事件の争点を考えるにあたり、上述の条項に基づき、契約両当事者は信義誠実に協力する一般的な義務を負うか否かという問題も浮上してきた。

当該契約において信義誠実に協力する一般的な義務が存在するか否かを判断するにあたり、裁判所は、この事例において、当該義務はただ2つの目的のみに関係するものであるとした。すなわち、契約の解釈という意味においては、信義誠実に協力する義務はより一般的な義務にまで拡大されるのではなく、「情報と指示の効率的な伝達」を可能にすることと「Trustが本契約の利益を最大限享受すること」を可能にすることに限定されるとの判断を下したのである。

Yam Seng事件の判決では、信義誠実義務の成否は客観的に評価され、契約の解釈によって判断されるとの見解が示された。ところが、この事件では、契約に信義誠実義務の条項が明示的に盛り込まれている場合でも、そうした条項は特定の状況にのみ関連するものであり、それ以上を黙示的に示唆するものではない、すなわち、契約の明示的条項がそのまま適用されることが示された。また、これに反する別段の意図がない限り、かかる条項はより狭義に解釈される可能性もある。

結論

Yam Seng事件では、審理を担当した裁判所が高等法院であったため、同事件特有の争点が上級審で審理されることはなかった。しかしながら、同事件で検討された争点は、信義誠実義務が黙示的に含まれるか否かの判断に関しては引き続き有効である。さらに、信義誠実義務の成立に関連する事項の解明のほか、長期のサービスに基づく「関係的」契約における信義誠実義務の重要性を明確にする上で、同事件は今後も有益であると言えよう。

信義誠実に契約を履行する義務は、全ての契約において成立するものではないようにも思われるが、特定の状況が成立している場合には、そうした義務の黙示的存在を否定する考えはもはや妥当しない。Yam Seng事件では、信義誠実義務は複数の解釈を包含するものであり、その中でも誠実性と商事取引基準の遵守は近年の信義誠実義務の解釈とも合致するものであり、ほぼ全ての契約においてそれらの黙示的成立が認められるであろうことが明確に示された。他方、より高いレベルの情報交換や協力といったその他の条件については、例えば長期のサービスに基づく関係的契約など、特有の状況においては成立するものと考えられる。いずれの事例においても、契約両当事者の契約上の背景が、「信義誠実」が終局的に何を意味するかの判断において極めて重要となるであろう。

したがって、結局のところ、黙示的な信義誠実条項がすべて「契約の解釈によって」解釈されることを考えれば、契約両当事者にとって、信義誠実義務が黙示的に存在するとの判断を得るための最も安全な方法は、かかる義務が当該契約において適用されることを明示的に規定することであると言える。

契約当事者がそうした義務の適用を望むのであれば、(Medirestの事件のように)かかる義務が適用される範囲を特定することが賢明であろう。従来通り、契約にあたっては、始めから双方の主張について合意を成立させ、契約の中でそれらを明示的に規定することにより、不確定要素を巡る論争が将来的に生じる可能性を少なくすることができる。

最後に、果敢にも、信義誠実に行為する義務を明示的に拒否する契約条項案を提案した場合、その当事者にはどのような事態が起こるであろうか。契約上の明確さという観点からは評価されるべきであろうが、そういった契約関係が成立しないであろうことは想像に難くないと言えよう。

本稿は、Commercial Litigation Journalの2013年5月/6月号に掲載されたものです。

本稿は一般的なもので、ここに含まれる情報はあらゆる事案に適用されるものではなく、また個別の事案に対する具体的な法的アドバイスを提供するものでもありません。

Good Faith Obligations in English Law

By Alistair Maughan and Sarah Wells

Unlike many civil law jurisdictions in Europe, English law has generally not recognised an implied obligation that contractual parties should perform their obligations in good faith. English courts take the view that parties should have the freedom to contract in the way that they wish, and so have been reluctant to intervene and impose overriding obligations of good faith. However, in recent years, the position has somewhat shifted, and Scottish law and certain common law jurisdictions (such as Canada and Australia), have begun to recognise a principle of good faith in some circumstances.

Against this background, two recent cases have thrown the issue of good faith in English law back into the spotlight. In the light of these cases now, is it now possible that a good faith obligation could be implied into an English law contract?

A pair of recent cases about the issue of whether a general duty of good faith can be implied into an English law contract illustrate the continuing truth of Charles Dickens' maxim that "The one great principle of English law is to make business for itself". And, in a through the looking glass twist of which Dickens' fellow Victorian Lewis Carroll would have approved, the court considering a contract without a good faith clause found itself prepared to imply a duty of good faith after all; whereas the court examining a contract actually containing such a clause did exactly the opposite and rejected the concept that a good faith doctrine exists in English law.

This leaves negotiators of commercial contracts in something of a quandary. Should they include a good faith clause at all, or should they expressly disclaim any duty to act in good faith towards the other contracting party (which would be an interesting negotiating position to have to justify across the negotiating table)?

THE GENERAL POSITION UNDER ENGLISH LAW

The general English law position in relation to an obligation to negotiate in good faith has long been that such a duty would be too uncertain to have binding force. Any attempt to assess damages arising out of a breach of such a duty would be incredibly difficult given that no one could know whether the negotiations would have been successful or not. Given that parties to a contract are on opposite sides of the negotiating table, any obligation imposed on these parties to carry on their negotiations in good faith would go against the adversarial nature of negotiations. Parties to a contract must be free to withdraw from negotiations, if they think it appropriate, or to threaten to withdraw in order to obtain improved contractual terms – i.e., they should be free to pursue their own interests and not just to act in "good faith" toward the opposing party.

Furthermore, once a contract has been entered into, historically there has been no general duty to perform the contract in good faith under English law. In contrast, English law has tended to operate on a case by case basis whereby specific solutions are developed in response to certain problems of unfairness. Only in certain sectors has a fiduciary type concept akin to good faith crept in. This includes, for example, consumer contracts (where the Unfair Terms in Consumer Contracts Regulations 1999 provide that a standard contract term, i.e., one which has not been individually negotiated, is to be regarded as unfair if "contrary to the requirement of good faith, it causes a significant imbalance in the parties' rights and obligations arising under the contract" (Reg. 5(1))) and commercial agency arrangements (whereby an agent must look after the interests of the principal and act in good faith).

Where a contract contains an express term requiring parties to act in good faith, the English courts have upheld such obligations - to a certain level. So, for example, in Berkeley Community Villages Ltd and another v Pullen and others, the court held that an obligation to act in "utmost good faith" required the parties to "observe reasonable commercial standards of fair dealing in accordance with their actions which related to the Agreement". By contrast, in Gold Group Properties Ltd v BDW Trading Ltd, the court held that such an obligation would not "require either party to give up freely negotiated financial advantage clearly embedded in the contract".

Ultimately then, the prevailing view of English courts that have considered arguments of good faith has been that, once a contract has been entered into, the parties will have freely negotiated its terms and therefore, unless expressly provided for, such a good faith duty should not be implied by the courts. Short of breaching a term of the contract, parties should be free to pursue their own self interests. A potential implied requirement for good faith could, it would seem, create too much contractual uncertainty.

However, two recent cases have thrown this reasoning into doubt.

YAM SENG PTE LIMITED V INTERNATIONAL TRADE CORPORATION LIMITED ("YAM SENG")

This case related to a distribution agreement between a product supplier (International Trade) and a Singapore based distributor (Yam Seng). International Trade originally contacted Yam Seng in January 2009 and the parties signed an agreement in May 2009 relating to the distribution in duty free outlets of Manchester United branded perfumes and toiletries. After a series of arguments about prices and product delivery, the distributor, Yam Seng, terminated the agreement early claiming repudiatory breach of contract by International Trade.

The contract (governed by English law) made no mention of a duty of good faith. Nevertheless, Yam Seng pleaded as part of its case that there should be an implied contractual term that the parties would deal with each other in good faith.

Most cases dealing with good faith are based on the foundation of the comments of Lord Justice Bingham in Interfoto Picture Library Ltd v Stiletto Visual Programmes Ltd [1989] 1 QB 433. He said "In many civil law systems, and perhaps in most legal systems outside the common law world, the law of obligations recognises and enforces an overriding principle that in making and carrying out contracts parties should act in good faith. This does not simply mean that they should not deceive each other, a principle which any legal system must recognise; its effect is perhaps most aptly conveyed by such metaphorical colloquialisms as ‘playing fair', ‘coming clean' or ‘putting one's cards face upwards on the table.' It is in essence a principle of fair open dealing ... English law has, characteristically, committed itself to no such overriding principle but has developed piecemeal solutions in response to demonstrated problems of unfairness."

Consistent with this foundation, the court in the Yam Seng case held that English law is not at a stage where it recognises a requirement of good faith as a duty implied by law into all commercial contracts. Having repeated this apparently clear principle, the judge then held that a good faith duty can be implied "in an ordinary commercial contract based on the presumed intention of the parties". And, on this "give with one hand, take with the other" basis, the judge agreed that some terms which Yam Seng had argued ought to be implied on the basis of good faith could indeed be implied, albeit via the indirect route of construction of the contracting parties' intention.

Generally, a court may be prepared to imply a term if it considers that the parties intended that term to form part of their contract: the term must be so obvious that it goes without saying; necessary to give business efficacy to the contract; or something which "though tacit, formed part of the contract which the parties made for themselves". Recently, this process has been expanded and implication has been analysed in relation to the construction of the contract taken as a whole, i.e., what would the contract, read as a whole against the relevant background, reasonably be understood to mean? The relevant background would include "not only matters of fact known to the parties but also shared values and norms of behaviour". Such norms could include "general social acceptance" or just be specific to that trade or industry.

The court in the Yam Seng case assessed the parties' background in the course of assessing what could be implied in relation to good faith. The court stated that it would be hard to envisage any contract where honesty was not required in its performance. Hence good faith would, in almost every case, encompass honesty and, it was held, it would also include the observance of standards of commercial dealing. These are standards which go beyond honesty but are so generally accepted that the contracting parties would reasonably be understood to apply their provisions without explicitly stating them in the contract. Such standards would include not performing the contract in a way which is "improper" or "unconscionable".

The court then considered factors which could be deemed to be part of "good faith" in certain scenarios. It held that, in certain scenarios, there may be an expectation that information would be shared: so, deliberate omissions of information may amount to bad faith rather than bad faith just being dishonesty. The court held that this would be particularly so in "relational contracts" in which long term commitment, mutual trust and loyalty were present, e.g., outsourcing or joint venture contracts, franchise agreements and long term distributorship agreements (as was the case with Yam Seng and International Trade).

In arguing against the traditionally held view that the principle of freedom of contract prevents an obligation of good faith from being implied, the court held that the right approach is to address each case on its facts and consider whether good faith can be implied "through a process of construction of the contract", i.e., in accordance with the way the common law works. As the implication would be based on the parties' intentions, and the context of the contract, no illegitimate restriction on the freedom of the parties was being put in place because the parties could modify the scope of any implied duty of good faith by express terms within the contract itself.

MID ESSEX HOSPITAL SERVICES NHS TRUST V COMPASS GROUP UK AND IRELAND LTD (TRADING AS MEDIREST) ("MEDIREST")

This case concerned a catering contract between a hospital (the Trust) and a supplier (Medirest). Certain service levels were included within this contract and, when the catering service provided by Medirest did not meet these levels, the Trust awarded itself both service credits and service failure points (of which an accumulation of the latter would allow the Trust to terminate the contract). One reason for the attention that the case has attracted has been the eye catching nature of some of the service credit deductions (for example, £84,000 for a chocolate mousse one day past its use by date).

The contract between the Trust and Medirest also contained an express provision of good faith as follows:

"The Trust and the Contractor will co operate with each other in good faith and will take all reasonable action as is necessary for the efficient transmission of information and instructions and to enable the Trust ... to derive the full benefit of the Contract".

A dispute arose over which party had the right to terminate the contract but, in considering the issues in this case, the matter of whether the parties were under a general obligation to co operate in good faith under the above provision also came into play.

When assessing whether there was a general duty to co operate in good faith under the contract, the court held that the duty in this case was linked to the two purposes only, i.e., on a matter of contractual interpretation, the duty to co operate in good faith did not extend to a more general duty but rather only to enable "efficient transmission of information and instructions" and enable "the Trust ... to derive the full benefit of the Contract".

This case, although supporting Yam Seng in holding that the establishment of any duty of good faith would be objectively assessed and established through the process of construction of the contract, also shows that where a contract has an express provision of good faith and such a provision is linked to particular circumstances, no further implication will take place – the express provisions of the contract hold true. Furthermore, unless there is intent to the contrary, a narrow interpretation of such a provision is likely to occur.

CONCLUSION

In the Yam Seng case, the court in question was the High Court and so the specific issues in that case have not been subjected to higher judicial review. However, the points considered remain valid in relation to assessing whether an obligation of good faith could potentially be implied, and the case remains useful for clarifying the aspects which go together to make up good faith, as well as the importance of such an obligation in long term, service based "relational" contracts.

It appears that an obligation to perform contracts in good faith will not arise in every agreement but, if certain circumstances are present, the notion that no such term would ever be implied no longer holds true. In Yam Seng, it was made clear that good faith encompasses a number of aspects, of which honesty and adherence to certain standards of commercial dealing are consistent with recent interpretations of good faith and would be expected in almost every contract. Other terms, such as a higher level of communication and co operation, may arise in unique circumstances including, as an example, long term, service based relational contracts. In each case, the contractual background of the parties will be highly relevant to what "good faith" is ultimately held to mean.

Ultimately then, it appears that the safest way for parties to establish whether an implied duty of good faith would be held to be present is to expressly provide whether such an obligation does or does not apply in the contract, given that any implied term of good faith would be established "through a process of construction of the contract".

In cases where contracting parties wish such an obligation to apply, they would be wise to specify the areas where such an obligation applies (as can be seen in Medirest). As always, when contracting, agreeing to positions from the outset and expressly providing for them in the contract, ensures that fewer disputes over uncertainties are likely to arise down the line.

Finally, one can speculate as to what may happen to a party brave enough to suggest a draft contract clause expressly disclaiming any obligation to act in good faith. While laudable from the standpoint of contractual clarity, one suspects that might be a contractual relationship not destined for eventual success.

This article was previously published in the May/June 2013 edition of Commercial Litigation Journal.

Contact:

Alistair Maughan
44 20 7920 4066
amaughan@mofo.com

Sarah Wells
44 20 7920 4167
swells@mofo.com

Because of the generality of this update, the information provided herein may not be applicable in all situations and should not be acted upon without specific legal advice based on particular situations. Prior results do not guarantee a similar outcome.

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