2007. 09.03
中国独占禁止法の成立
執筆者
弁護士 久田 眞吾 / 弁護士 雨宮 慶 kamemiya@mofo.com
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(本稿は執筆者個人の見解に関わる部分があり、当事務所の意見を代表するものではありません。)
1. はじめに
2007年8月30日、中国の全国人民代表大会(全人代)の常務委員会で独占禁止法(以下「中国独禁法」といいます)が採択され、同法が成立しました。同法はこれまで長期間にわたって検討されてきたものであり、特に昨年末から今年の春にかけて成立するのではないかと言われてきたものですが、今般ついに法律として成立したものです。
2. 中国独禁法の構成と概要
中国独禁法は、以下のような構成になっています。
第1章 総則
第2章 独占協定
第3章 市場支配的地位の濫用
第4章 経営者集中
第5章 行政権力の濫用による競争の排除・制限
第6章 独占の疑いのある行為に対する調査
第7章 法的責任
第8章 附則
第1章の「総則」では、公平な競争、消費者の利益、社会主義市場経済の健全な発展といった中国独禁法の基本方針とともに、その競争当局について定めています。競争当局に関する規定は必ずしも明確ではありませんが、独占禁止委員会を新たに設立して、独占禁止行政の競争政策の企画立案を行わせるとともに、別途、独占禁止執行機構に中国独禁法の執行を行わせるようです。
第2章の「独占協定の規定」は、カルテル(日本の独禁法では不当な取引制限といわれるもの)その他の共同行為の禁止です。再販価格維持行為を独占協定に含めており、いわゆる垂直関係でも独占協定として構成する立場をとっています。他方、技術の改善、コスト削減など競争促進的効果がある場合には、水平的協定、垂直的協定を問わず独占協定の禁止の違反にならないとして、例外を認めていてます(ただし立証責任は行為者にあります)。
第3章の「市場支配的地位の濫用」は、いわゆる市場支配力の濫用・独占化(日本の独禁法では私的独占といわれるもの)に該当します。市場支配的地位の濫用については、市場占有率や技術的条件など、判断の際の考慮要素が例示されるとともに、市場支配的地位について、マーケットシェアによる推定規定を設けていることに特徴があります。
第4章の「経営者集中」は、企業結合規制です。合併、持分または資産の取得のほか、契約その他による支配力の取得なども含まれ、競争制限効果またはそのおそれがある場合には禁止されます。国務院の規定する特定の規模以上の企業結合は当局へ届出をしなければなりません1。
第5章の「行政権力の濫用による競争の排除・制限」は、国家・地方自治体がその許認可権限などを濫用して、競争制限行為に関与することを禁じる条項で、中国ならではの規定といえます。
第6章の「独占の疑いのある行為に対する調査」の規定は、調査の手続に関する規定です。独占禁止執行機構による強制的な立入検査などについて規定するとともに、処分の決定、公表などについて規定しています。
第7章の「法的責任」は中国独禁法違反のペナルティについての規定で、独占協定(カルテル)、市場支配力の濫用の規定の違反の場合には、違法所得の没収のほか、前年の売上高の1%以上10%以下の過料が課せられます(独占協定が未実施の場合には50万元以下の過料)。また、事業者が自主的に独占協定の関連状況を独占禁止執行機構に報告し、かつ重要証拠を提供した場合には、情状を酌量して事業者の処罰を軽減または免除することができると規定され、いわゆるリーニエンシー制度が当初から採用されています。情報提供や証拠の提出は、少なくとも法文上は当局の調査開始前であることは要求されていません。
第8章の「附則」は、知的財産権の行使には中国独禁法の適用がないこと、ただしその濫用については中国独禁法が適用されること、農業生産者及び農業経済組織による競争制限行為については中国独禁法が適用されないことなどが規定されています。
3. 中国独禁法の特徴と実務への影響
(1) 構成についての特徴
中国独禁法は、日本であれば単独行為である再販売価格維持行為などを共同行為と構成し、また不公正な取引方法に該当するその他の取引拒絶、排他条件付取引、抱き合わせ販売や拘束条件付取引などを、市場支配的地位の濫用の類型として例示するなど、日本の独禁法よりは、むしろ米国やEUの独禁法に近い構成を採用しています。第1条に「社会主義市場経済の健全な発展を促進する」という目的が規定されていることを反映してか、「不公正な高価格による商品の販売」が市場支配的地位の濫用の一つとして例示されています。いわゆる不況カルテルも例外的に許されるとしていることも、中国独禁法の特徴と言えるかもしれません。
(2) 海外の企業への影響
中国独禁法第2条は、中華人民共和国の国内の経済活動における独占行為、及び、国外の独占行為が国内市場の競争に対して排除・制限の影響を及ぼす場合に、本法が適用されると規定しており、中国国外における行為についても、中国国内の競争に影響がある限り適用されるという立場をとっています。これは、現在の各国の競争法としては標準的なものです。
企業結合について、中国独禁法の法文上は、特に外資企業のみを規制する条項はありません。ただし、現行の「外国投資者による国内企業の買収に関する規定」は、外国企業による国内企業との結合及び外国企業同士の企業結合を前提として策定され、世界市場における競争の場合には提出が困難な情報なども要求されており、そのためにかえって外資企業の企業結合の届出が複雑で困難になっている状況もありますので、注意が必要です。
(3) 今後の運用についての問題
中国独禁法の成立により競争法はできましたが、競争法の宿命として、規定の仕方が抽象的であること、その運用機関たる独占禁止委員会はまだできておらず、独占禁止執行機構の組織についても明確でないことなどから、現時点ではどのような運用がなされるのか明らかではありません。特に独禁法の分野は当局の方針や運用が実務において極めて重要ですが、この点は、法律が制定されたばかりでまだ運用実績がありませんので、今後の下位法令の制定や法運用に注意を払う必要があります。
(4) 施行日
中国独禁法は2008年8月1日から施行されます。
- 届出の基準を定める国務院の規定はまだ公表されていません。現行の届出基準は、商務部、国家工商行政管理局等が2006年に制定した「外国投資者による国内企業の買収に関する規定」に規定されており、その規模の判断要素には資産や売上の他にマーケットシェアも含まれています。
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