2006. 11.01
新証券取引法における公開買付け(TOB)? 強制範囲の拡大
証券取引法は、有価証券報告書提出会社の株券等を買付ける場合には、一定のルールに従った公開買付け1 (以下「TOB」といいます。)によることを義務付けています。近時、上場企業の買収を巡り、従来のTOB規制の間隙をつくような様々な手法が用いられたことに端を発し、より公正で透明性の高いTOB規制を整備しようという議論がなされました。その結果、本年6月に証券取引法が
改正され、今月中に施行が予定されています。
今回から複数回にわたり、新証券取引法におけるTOB規制について解説します。第1回目である今回は、他社株の買付けに関するTOB強制範囲(適用範囲)の拡大を取り上げます。
なお、現時点では新証券取引法に関する施行令及び内閣府令が確定していないため、以下の記述は、本年9月に公表された施行令案及び内閣府令案に基づいています。
1 新証券取引法におけるTOBの適用範囲 − 概要
新証券取引法第27条の2第1項は、列挙事由に該当する場合に、TOBによることを強制しています2 。その概要は以下のとおりです。
事由3 | 新法条文 | 旧法対応条文 | |
5%基準 | 60日間で11名以上の者から、取引所市場外で、買付け等を行い、その後の株券等所有割合4が5%を超える場合 | 1号 | 3号 |
3分の1ルール | 60日間で10名以内の者から、取引所市場外で、買付け等を行い、その後の株券等所有割合が3分の1を超える場合 | 2号 | 5号 |
取引所市場内の取引のうち、競売買(オークション)以外の方法(「特定売買等」)により買付け等を行い、その後の株券等所有割合が3分の1を超える場合5 | 3号 | 4号 | |
取引所市場内外等の取引を組み合わせた「急速な買付け」で、その後の株券等所有割合が3分の1を超える場合 | 4号 | 新規追加 | |
他者のTOB期間中の大株主の買増し | 他者がTOBを行っている期間中に、大株主が「急速な買増し」を行う場合 | 5号 | 新規追加 |
その他 | その他政令で定める場合(買付者の特別関係者による買付け等で、買付者による「急速な買付け」と同視できるもの) | 6号 | 6号 |
なお、TOBの主要な取引規制をまとめると以下のとおりとなります。
法的手続/情報開示 | 公開買付届出書、対質問回答報告書及び公開買付報告書の提出や公告等の法律上の手続きを踏み、法令が求める情報の開示を行うことを要する。 |
買付期間 | 株主に熟慮期間を与えるため、一定の買付期間を設けなければならない。 |
買付価格の均一性/別途買付禁止 | 買付価格は均一であることを要し、TOB期間中、TOB以外による買付け(別途買付)は原則禁止される。 |
買付条件変更/TOB撤回の制限 | 買付条件の変更(売却株主に不利なもの)やTOBの撤回が自由に行えない。 |
買付けの平等性 | 応募を受けた株券等を買付ける場合、すべての応募株券等を買い取ることを要する。なお、買付数に上限を設ける場合には、按分比例により、すべての株主から平等に買い取らなければならない。 |
TOBが強制されるということは、上場企業等の発行する株券等の取得について、取得方法、相手方及び条件等に関して、上記のような制限を受けることを意味します。
2 適用範囲拡大€ − 取引所市場内外等の取引を組み合わせた「急速な買付け」
(1) 改正の趣旨
上記1で見たとおり、取引所市場外(新第2号)又は市場内の特定売買等(新第3号)により株券等の買付けを行い、その後の株券等所有割合が
3分の1を超える場合には、仮に1名から取得する場合であっても、TOBによることが必要とされます(いわゆる「3分の1ルール」)。かかる3分の1ルールに関しては、これまで取引所市場内における株式取得や対象会社から新株の第三者割当を受ける行為が直接にはTOB規制の対象とされていなかったことから、3分の1近く(例えば32%)まで取引所市場外取引等で株式を買付けた後に、取引所市場内の立会取引又は第三者割当により株式を追加取得することで、形式的にはTOB規制を回避し得る余地がありました6 。
新証券取引法は、3分の1ルールを実効性のあるものとする観点から、取引所市場内外の取引を組み合わせて株券等の「急速な買付け」7 を行い、その後の株券等所有割合が3分の1を超えるような場合について、TOB規制の対象となることを明確化しました(新証券取引法第27条の2第1項第4号)。
(2) 「急速な買付け」とは?
「急速な買付け」とは、具体的には以下のような取引を指します。
なお、条文は、「TOBによらなければならない」という文言を用いていますが、問題となる「急速な買付け」の定義にはTOB以外の取引が含まれてしまっていることから、これを遡ってTOBによることは、現実には不可能です。従って、上記の規定は、実際には、3ヶ月以内の一連の取引が「急速な買付け」に当たり、かつその後の株券等所有割合が3分の1を超える場合には、3ヶ月前に遡って、かかる一連の取引全体が違法となることを定めたものといえます。
これを時系列に沿って考えると、次のように言うことができます。すなわち、取引所市場外の相対取引8 又は取引所市場内の特定売買等(ToSTNeT等)により5%を超える買付けを行った場合に、「その後3ヶ月間は、直前の3ヶ月間の取得数の合計が10%を超え、かつ取得後の株券等所有割合が3分の1を超えるような買付け等又は新規発行取得を行ってはならない」という法律上の義務が生じることとなります。例えば、保有株式0の状態から取引所市場外で30%を取得した場合であれば、その後3ヶ月間は、かかる取引との合計で3分の1を超えることとなる株式取得(例えば4%)は、取引所市場外の相対取引や取引所市場内における特定売買等(ToSTNeT等)9 によることはもとより、取引所市場の立会内取引、新株の第三者割当又は自己株式の処分10 によることもできません。さらには、TOB11 によったとしても行うことはできません。
従って、新証券取引法においては、取引所市場外の相対取引やToSTNeT等の立会外取引によって株式を取得する際には、その後3ヶ月で株券等所有割合がどこまで増加するかを予測した上で、当初からTOBによる取得を行うべきでないかを検討する必要があるといえます。
(3) 「急速な買付け」はセーフ・ハーバーか?
「急速な買付け」は、特定の取引が、従来の3分の1ルールに照らして実質的にTOB規制の脱法であるか否かという実質的判断を求めることなく、時間及び数量という客観的な基準によって、その対象範囲を画しています。上記の「急速な買付け」の定義に照らせば、従前より懸念されていた脱法的取引の相当部分がカバーされるものと考えられます。今後は、本規定の反対解釈として、形式的に「急速な買付け」に該当しない形態の取引は、実質的にもTOB規制の潜脱ではないという結論が導かれる可能性が高くなると考えられます12 。
3 適用範囲拡大 -- 他者の公開買付期間中に行う大株主の「急速な買増し」
敵対的買収等の場面においては、会社の支配権取得を目指す買付者がTOBにより株式取得を実施している場合に、これに対抗しようとする別の大株主等が競合して株式の買付けを進める場合があります。この場合、TOBを行っている当事者には別途買付の禁止等が課せられるのに対し、競合者はTOBによらず市場内取引により買付けを行うことができるとすれば、両者間に不均衡が生じます13。
また、すでに一定の株式を保有する大株主が対抗的に株式を追加取得する場合には、かかる大株主に関する情報は投資者にとって重要な情報であるといえ、情報開示を行わせることが望ましいと考えられます。
そこで、新証券取引法においては、ある者の公開買付期間中にすでに3分の1超を保有している大株主が、さらに「急速な買増し」を進める場合、TOBを義務付けることとしました。具体的には、3分の1超をすでに保有する株主は、ある者がTOBを行っている期間中に5%超の買付けを行う場合には、対抗TOBによらなければならないとされました。
4 適用範囲拡大¡ -- 子会社株式の買増し
旧証券取引法においては、議決権の50%超をすでに保有している親会社は、当該子会社株式を著しく少数の者から買い付ける場合には、TOB規制が免除されていました(旧証券取引法第27条第1項第6号、旧施行令第7条第5項第1号14 )。
しかしながら、買付け後の株券等所有割合が相当な割合となる場合には、当該子会社について上場廃止等に至る可能性が高まるなど、手残り株を抱えることとなる少数株主が著しく不安定な地位に置かれる場合も想定されます。
そこで、新証券取引法においては、すでに50%超を保有している子会社の株式を買い増す場合であっても、買付け後の株券等所有割合が3分の2以上となる場合には、TOBによることを免除しないものとしました(新証券取引法第27条の2第1項但書、新施行令案第6条の2第1項第4号)。なお、新証券取引法は、買付け後の株券等所有割合が3分の2以上となる場合には、応募株券等をすべて買付けなければならない15 (買付数に上限を設けることが認められない)としていることから、親会社に対してもTOBが強制されることにより、少数株主に、TOBにより保有株式すべてを処分する機会が与えられることとなります。
従って、今後有価証券報告書提出会社である子会社(株券等所有割合50%超)を有する親会社が、例えば、グループの資本政策上、当該子会社を株式交換等によって完全子会社化しようとするような場合において、株式交換に先立って取引所市場外で3分の2以上まで子会社株式の買増しを行うには、従前とは異なり、法律上もTOBの手続きによることが必要となります。
- 「公開買付け」の定義については、新証券取引法第27条の2第6項参照。
- 旧証券取引法は、有価証券報告書提出会社の株券等を取引所市場外で買い付ける場合には原則TOBを義務付け、例外としてTOBによらなくてよい場合を列挙していた。これに対し、新証券取引法では、TOBが強制される場合を条文上列挙する形に改められた。
- 従来、50%超を保有する子会社株式を60日間で10名以内の者から買い付ける場合はTOB規制の適用外とされていたが、新証券取引法は、かかる買増しについて一定の場合にTOBを強制することとした。本文「4 適用範囲拡大¡ -- 子会社株式の買増し」参照。
- 株券等所有割合には、買付者の特別関係者の保有分も含まれる(新証券取引法第27条の2第1項第1号、同条第8項)。
- 取引所市場内における「特定売買等」とは、具体的には、東京証券取引所のToSTNeT取引及び大阪証券取引所のJ-NET取引等を指す(平成17年7月8日金融庁告示第53号)。第3号の事由は、ライブドアがニッポン放送株式取得に際して行ったToSTNeTによる取引(裁判所は取引所市場内取引にあたるとして当時の証券取引法の下で適法とした。)が、「3分の1ルール」を骨抜きにするものであるとの批判を受け、平成17年の証券取引法改正に際して追加された。
- ドン・キホーテのオリジン東秀買収に際して、ドン・キホーテがTOB開始前に市場外取引で31%まで取得を行った後TOBにより3分の1超を目指したところ、これに失敗し、その後、市場での取引を通じて46%まで買い増したことがTOB規制の趣旨に反するとして波紋を呼んだ。
- なお、新証券取引法上は、上記規制の対象となる取引の要件が示されているのみで、「急速な買付け」という用語は用いられていない。
- TOBによる取得はこの5%の計算にはカウントされない(新証券取引法第27条の2第1項第4号「(公開買付けによるものを除く。)」との文言参照。)。従って、TOBを行った後で、さらに買増しを行うことは、別途5%超の取引所市場外取引又は市場内の特定売買等が含まれている場合でない限り、禁止されていないといえる。
- 取引所市場外の相対取引により3分の1を超過する場合は第27条の2第1項第1号又は第2号により、取引所市場内における特定売買等により3分の1を超過する場合は同条同項第3号により、それぞれ禁止されるため、第4号の適用範囲からは除外されている(新証券取引法第27条の2第1項第4号)。
- 自己株式の処分を受ける行為は、既発行株式の取得であることから、新規発行取得ではなく、買付け等に含まれると考えられている(金融庁総務企画局企業開示課課長補佐・
大来志郎「金融商品取引法制の解説(4) 公開買付制度・大量保有報告制度」(商事法務No. 1774)参照)。 - かかる追加取得が、TOBによっても行えないという点については十分注意を要する。本文にあるとおり、新証券取引法第27条の2第1項第4号がTOBを強制する取引(すなわち禁止対象の取引)は、3分の1を超えることとなる取得の部分(上記例では4%)だけではなく、3ヶ月間の一連の取引全体であるためである(大来・前掲参照)。
- ただし、個別具体的な取引の態様によっては、形式的には「急速な買付け」に該当しないものの3分の1ルールの趣旨に照らしTOB規制の対象とすべき場合も依然あり得るように思われる。従って、当初から3分の1超を取得する意図の下で行われた一体性のある取引はTOB規制の対象とすべきという従来のTOB規制潜脱論は、問題となる場面がより限定されるものの、その意義が完全に失われるわけではないと思われる。
- 買付者間の公平の確保は、TOB規制の本来の目的ではないが、今回の証券取引法改正においては、対象会社や買付者など投資家以外の者の利益を保護するための規定も新設されており、TOB規制の目的が投資家保護から公正な企業買収のルールの構築に軸足を移してきていることが見てとれるとの指摘がなされている(黒沼悦郎「金融商品取引法入門」(日経文庫)参照)。
- かかる場合にTOBが免除されているのは、支配権の移動が伴わないと考えられるためである。
- 新証券取引法第27条の13第4項本文、新施行令案第14条の2の2。TOBにおける全部買付義務の導入については、次回以降のニューズレターで解説予定。