2006. 11.04
職務発明補償金請求事件最高裁判決について
平成18年10月19日,日立製作所株式会社元従業員による職務発明の補償金請求訴訟につき、最高裁判所第三小法廷において、日立の上告を棄却する判決がなされました。
本訴訟は、日立の元従業員が、日立に対し、職務発明に関する日本国特許及び外国特許を受ける権利の日立への譲渡につき、特許法(平成16年法律第79号による改正前のもの。以下「旧特許法」。 ) 第35条第3項及び第4条に基づく相当の対価の支払いを請求したものです。
日立は、元従業員より、他の従業員と共同して行ったレーザー光を利用して情報を光ディスクに記録再生する装置や方法の発明3件の譲渡を受け、これらの職務発明につき、日本に加え、米国、イギリス等において特許権を取得した上で、複数の企業との間で包括クロスライセンス契約1を含むライセンス契約を締結していました。また、日立は、元従業員に対し、これら職務発明の譲渡の対価として、それぞれ発明lにつき231万8000円、発明2につき5万1400円、発明3につきl万700円を支払っていました2。
この最高裁判決により、発明1について上記相当の対価をl億6284万6300円とする、平成16年1月19日になされた東京高等裁判所の判決が確定しました3。
職務発明の譲渡の対価をめぐっては、オリンパス光学最高裁判決(平成15年4月22日)に始まる一連の判決において、「職務発明規程等の定めに特許を受ける権利の譲渡に対して使用者が従業員に支払うべき対価に関する条項があったとしても、これによる対価の額が旧特許法第35条第3項及び第4項の規定によって定められる相当の対価の額に満たないときは、同条3項の規定に基づきその不足する額に相当する対価の支払いを求めることができる」という判断がなされています。本最高裁判決及び本高裁判決もかかる判断に沿ったものですが、相当の対価を算定するにあたり、?外国の特許を受ける権利の分も考慮すべきか否か及び?クロスライセンス契約における利益をどのように評価すべきかについての判断が示されたものとして注目されます。以下この2点についての裁判所の判断を紹介します。
(1) 旧特許法第35条第3項及び第4項は、外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価請求に類推適用される。
本訴訟においては、外国の特許を受ける権利の譲渡に関して、旧特許法第35条第3項及び第4条に基づく相当の対価の支払いの請求が認められるか否かが争点となりました。
この点につき、本最高裁判決は、まず、特許を受ける権利の諸外国における取り扱いや効力に関する準拠法は、属地主義の原則に照らし、特許権が登録される国の法律が適用されるのに対し、特許を受ける権利の譲渡の対価の問題は譲渡当事者間における契約の効力の問題であるから、これに関する準拠法は、当事者の意思に従って定められるべきとしました。
そして、本件の特許を受ける権利の譲渡の対価に関する譲渡契約は、日本法人である日立と、日本在住で日立の従業員として勤務していた日本人である元従業員とが日本で締結したものであるから、日本法が準拠法になると判断しました。
本最高裁判決は、さらに、従業者等が旧特許法第35条にいう職務発明に係る外国の特許を受ける権利を使用者等に譲渡した場合でも、同条第3項及び第4項に基づく相当の対価の支払いを請求することができるとしました。
すなわち、同条第3項及び4項の規定は、文言上外国の特許を受ける権利の譲渡の対価の支払いに直接適用することはできないが、?同条第3項及び第4項の規定の目的が、従業者等から使用者等への権利の承継について両当事者が対等の立場で取引をすることが困難であることに鑑み、従業者等を保護し、もって発明を奨励し、産業の発展に寄与することにあること、?特許を受ける権利は各国ごとに別個の権利であるものの、その基となる発明は共通する一つの技術的創作的活動の成果であり、さらに職務発明については、その基となる雇用関係等も同一であって、これに係る各国の特許を受ける権利は、社会的事実としては、実質的に一個と評価されうる同一の発明から生じるものであること、並びに?従業者等から使用者等へ特許を受ける権利を承継する時点では、どの国に特許出願するのかという点等が確定しないまま日本及び外国の特許を受ける権利が包括的に承継されることも少なくなく、この場合の当事者の意思は、わが国とは概念の異なる外国の特許を受ける権利も含めて、当該発明に関する従業者等と使用者等との聞の契約関係を一元的に処理しようとするものであると解されることを根拠に、外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価請求は、同条第3項及び第4項の規定が類推適用されると判断しています。
(2)包括的クロスライセンス契約における「使用者等が受けるべき利益」の額を、本来契約の相手方から支払いを受けるべきであった実施料を基礎として算定することも原則として合理的である。
本最高裁判決は、本高裁判決での包括的クロスライセンス契約における会社が受けるべき利益の額の算出方法に関する判断に対し、日立がなした上告受理の申立を退けており、この点については本高裁判決の判断が確定しております。
本高裁判決は、相互に実施料の支払いを生じさせない包括クロスライセンス契約においては、旧特許法第35条第4項の「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」を算定する方法として、?使用者等が相手方の複数の特許を実施することにより本来支払うべきで、あった実施料の額に、相手方に実施を許諾した複数の特許発明等における当該職務発明の寄与率を乗じて算定することも、?相手方が当該職務発明の実施に対するものとして本来支払うべきであった実施料を基礎として算定することも、いずれも合理的であるとしました。
算定方法?による金額
=(A 相手方発明の実施料)x(職務発明の使用者発明全体に対する寄与率)
=(D 相手方発明を実施した商品の生産額)x(相手方発明の実施料率)
x(職務発明の使用者発明全体に対する寄与率)
算定方法?による金額
=(B 使用者発明の実施料)x(職務発明の使用者発明全体に対する寄与率)
=(C使用者発明を実施した商品の生産額)x(使用者発明の実施料率)
x(職務発明の使用者発明全体に対する寄与率)
高裁は、?の算定方法が認められる理由として、一方当事者が自己の特許発明の許諾を相手方に許諾したことによって得るべき利益は、相手方の特許発明を無償で実施できること、すなわち「相手方に本来支払うべきであった実施料の支払義務を免れること」にあるとしました。また、?の算定方法が認められる理由として、(i)相互に実施料の支払いを生じさせない包括クロスライセンス契約においては、相互に支払うべき実施料の総額が均衡すると考えて契約を締結したと考えるのが合理的であること、及び(ii)仮に?の方法が認められないと、元従業員は、日立が相手方から実施を許諾された多数の特許発明について相手方に本来支払うべきであった実施料の全額と、日立が相手方に実施許諾した多数の特許における当該職務発明の寄与率を主張立証するという、事実上不可能な立証を強いることになり、旧特許法第35条の趣旨に反することになることを挙げています4。
本最高裁判決及び本高裁判決は、旧特許法第35条のもとでなされた譲渡に関する判断です。もっとも、外国特許の取り扱いについては、平成17年4月1日に施行された特許法第35条(「新特許法」)においても明文の規定は定めず解釈に委ねられていた部分であり、本最高裁判決における解釈の前提は新特許法の下でも変わらないものと考えられるところから、新特許法第35条における解釈にも大きな影響を及ぼすものと考えられます。さらに、新特許法第35条第5条においても、「使用者等が受けるべき利益の額」 は、相当の対価の額を算定する場合の考慮すべき事情のーつとなっていることから、包括クロスライセンス契約における会社が受けるべき利益の額の算出方法に関する本高裁判決の判断も、新特許法の下での相当の対価の判断に大きな影響を及ぼすものと考えられます。
- 両当事者が保有する一定の範囲の特許(例えば、ある特定の製品を製造販売するのに必要な一切の特許)を相互にライセンスしあい、いずれの当事者にもライセンス料の支払義務が生じないとする契約。ただし、相互に保有する特許のバランスがとれていない場合、バランス調整金が支払われる場合がある。
- これら支払い額は日立によって供託された分も含む。
- なお、発明2及び3については、それぞれ13万8000円及び3万666円を相当の対価とする判断がこの高裁判決の段階で確定している。
- なお、本高裁判決は、包括的クロスライセンス契約においては、契約締結時には契約期間内に相手方がどの発明をどの程度実施するかは不確定であり、お互いの将来の実施予測に基づいて互いの特許を評価して契約を締結するものであることを理由に、厳密には?の方法により算定した金額が「使用者等が受けるべき利益」であることを認めている。そして、?の方法により算定する場合には、事案に応じて減額調整すべきとして、本件においても減額調整を行っている。
執筆者
弁護士 古島ひろみ
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