2006. 11.05
公開買付期間、条件変更・撤回制限及び全部買付義務
今回も、第1回及び第2回に引き続き、公開買付け(TOB)制度の改正点を取り上げます。今回は、TOBの期間、TOBの条件変更・撤回制限及び全部買付義務について解説します。
1 TOB期間
(1)公開買付期間の範囲 ? 暦日ベースから営業日ベースに
TOB期間は、現行法上は20日から60日の間で公開買付者が選択する期間とされていますが、年末年始等の連休が重なる時期には対象者や投資者・株主による十分な検討のための時間が乏しくなりかねないことから、改正後の施行令は、TOB期間を20営業日から60営業日の間で公開買付者が選択する期間1 とし、暦日ベースから営業日ベースに変更しています(施行令案第8条第1項)。
これにより、改正後においては、暦日ベースで考えた場合には最短でも1か月程度の期間が必要となります。
(2)対象者の請求によるTOB期間の延長
公開買付者によりTOB期間が短く設定された場合には、特に敵対的買収の局面において、対象者の経営陣が対抗提案等を提示し、投資家がこれに基づいて適切に熟慮・判断するための時間が十分に確保できない可能性があります。そこで、改正後は、公開買付者が設定したTOB期間が30営業日未満の場合、対象者はTOB期間の延長を請求できるものとされ、当該請求によりTOB期間は公開買付開始公告を行った日から30営業日まで延長されることとなります(改正証取法第27条の10第2項第2号、同条第3項、施行令案第9条の3第6項)。
TOB期間の延長請求を行おうとする場合、対象者は、意見表明報告書の提出期限までに、意見表明報告書の中で、TOB期間の延長を請求する旨並びに延長後のTOB期間及び延長を請求する理由を記載する必要があります2 。また、対象者は、TOB期間の延長請求を行った後、意見表明報告書の提出期限の翌日までに、TOB期間の延長請求を行った旨及び延長後のTOB期間等について公告を行う必要があります(改正証取法第27条の10第4項、他社株買付府令案第25条の2)。
この点、公開買付者は、当初のTOB期間を30営業日未満に設定する場合には、公開買付届出書において、対象者から延長請求を受けた場合にはTOB期間が延長されることがあることについて予め開示をする必要があります3 。
以上のように、当初のTOB期間を30営業日未満とした場合には、対象者の請求により30営業日まで延長する必要がありうるので、友好的TOBの場合でなければ、TOB期間を当初から30営業日以上に設定する等の考慮が必要になるものと思われます。
2 TOBの条件変更及び撤回制限の柔軟化
(1)買付価格の引下げ
現行制度上、TOBの条件については、買付価格の引下げ等、応募株主に不利となる方向で変更することは禁止されています(改正前証取法第27条の6第3項、改正前施行令第13条)。しかしながら、例えば対象者が買収防衛策として株式分割等を行い株価が希釈化された場合にも買付価格の引下げが認められないとすれば、公開買付者に不測の損害を与える可能性があります。
そこで、改正証取法では、対象者が株式・投資口の分割及び株式又は新株予約権の無償割当てを行った場合には、公開買付者による当該希釈分に対応した買付価格の引下げが認められることとなります(改正証取法第27条の6第1項第1号、施行令案第13条第1項、他社株買付府令案第19条第1項)。
(2)TOBの撤回
従来、公開買付者によるTOBの撤回は、相場操縦に利用されるおそれがあり投資者・株主及び株式市場に大きな影響を与えかねないことから、政令で定める場合に限り、認められてきました。しかし、近時、様々な買収防衛策が考案され実施されるようになってきたことから、従来の撤回事由に該当しない行為であっても、対象者が行う行為によっては、そのままTOBの継続を強制することが公開買付者に多大な損害を与えることとなる場面も想定されるようになりました。
そこで、改正後の施行令においては、従来から認められてきた撤回事由4 に加え、対象者による以下の行為があった場合にもTOBの撤回を認めることとしています(施行令案第14条第1項)。
? 株式・投資口の分割
? 株式・新株予約権の無償割当て
? 新株・新株予約権・新株予約権付社債・投資口の発行(?・?を除く)
? 自己株式の処分(?を除く)
? 既発行の種類株式に拒否権・役員選任権を定めること
? 重要な財産の処分・譲渡
? 多額の借財
? TOB終了後に公開買付者の株券等所有割合を減少させる新株発行等の行為を行うことがある旨の決定を維持する旨の決定
? 上記?の定めを変更しない旨の決定
さらに、対象者が子会社を有する場合には、当該子会社について同様の行為が行われればTOBの目的達成に重大な支障となることから、改正証取法では、対象者だけでなく、その子会社に関する事由も、TOBの撤回事由に含められることとなりました。
但し、上記の撤回事由も、現行制度上の撤回事由同様、軽微なものについては撤回が認められないものとされており(施行令案第14条第1項)、株式保有割合の希釈化をもたらす行為がなされる場合にはその割合が10%未満のもの等、多額の借財にあっては総資産の帳簿価額の10%未満である場合等には、撤回は認められません(他社株買付府令案第26条第1項ないし第3項)。
3 全部買付けの一部義務化
(1)買付上限数の設定の制限
現行制度上、公開買付者は、TOBに際して買い付ける株券等の数について、上限を設定することが認められています。また、応募株券等の数の合計がかかる上限を超えるときは、あん分比例の方式により応募株主から平等に買付けを行うものとされています(改正前証取法第27条の13第4項、第5項)5 。
しかしながら、公開買付者が一定割合以上の株券等を保有することとなる場合には、対象者について上場廃止の危険が生ずる等により、TOBにおいて手持ちの株券等を売却できなかったその他の株主がTOB後著しく不安定な地位に置かれる場合が想定されます。そこで、改正後は、買付け後の株券等所有割合が3分の2以上となる買付けを行う場合には、公開買付者に対して買付数に上限を設けることを認めず、応募のあった株券等を全て買い取ることを義務付けることとしました(改正証取法第27条の13第4項、施行令案第14条の2の2)。
(2) 他の種類の株券等の買付けの強制
上記(1)の全部買付義務に加え、改正後は、買付け後の株券等所有割合が3分の2以上となる場合には、議決権のある全ての株券等(議決権ある株式に転換し得る他の種類株式を含む。)に対してTOBを行うことがTOBの条件とされます(改正証取法第27条の2第5項、施行令案第8条第5項第3号、他社株買付府令案第5条第5項)6 。
この場合、買付対象となる全ての株券等について、同一のTOB期間を設定して行うこととされ、また、株券等の種類による買付価格の差について、公開買付届出書の買付け等の価格の「算定の基礎」欄において、その内容の具体的な記載が求められます7 。
したがって、改正後は、対象者の株主総会における特別決議を必要とする等、TOBで3分の2以上の株券等を取得することを目指す買付者は、普通株式のみならず、議決権のある種類株式を含めた全ての株式を買い付ける義務を負うこととなります。
- 従前、TOB期間の起算日が公開買付開始公告を行った日かその翌日か必ずしも明確ではなかったが、改正法では、公開買付開始公告を行った日から起算することが明確化された(施行令案第8条第1項「公開買付開始公告...を行った日から起算して」の文言)。
- 他社株買付府令案第四号様式第8項、記載上の注意(8)参照。
- 具体的には、公開買付届出書中の「買付け等の期間」の欄に延長後の買付け等の期間、期間延長の確認連絡先を記載し、「決済の開始日」の欄に延長した場合の決済の開始日を記載する(他社株買付府令案第二号様式第1第4項(1)?「対象者の請求に基づく延長の可能性の有無」、?「期間延長の確認連絡先」、記載上の注意(6)b、c、(12)a参照)。
また、公開買付開始公告においても、公開買付期間が30営業日未満である場合には、対象者の請求により買付け等の期間が延長されることがある旨を明示する必要がある(改正証取法第27条の3第1項後段)。
但し、延長請求があった場合でも、公開買付者は公開買付届出書の訂正届出書を提出したり、変更公告をしたりする必要はない。 - 従来から認められていたTOBの撤回事由としては、対象者の合併や事業譲渡等の組織再編、倒産手続開始の申立て、上場廃止申請、訴訟の提起等がある(改正前施行令第14条参照)。
- 改正前証取法第27条の13第4項第1号は、「応募株券等の数の合計が買付予定の株券等の数に満たないときは、応募株券等の全部の買付け等をしないこと。」と規定しており、TOB成立のための下限の応募株券等の数が「買付予定の株券等の数」と同一であることを想定した規定となっていたため、下限数を引き下げると「買付予定の株券等の数」(改正証取法第27条の6第1項第2号(改正前証取法第27条の6第3項)により引き下げることができない。)を引き下げることとなり、そのような引下げが可能か疑義があった(但し、行っている事例もある。)。改正証取法第27条の13第4項第1号は、「応募株券等の数の合計が買付予定の株券等の数の全部又は一部としてあらかじめ公開買付開始公告及び公開買付届出書に記載された数に満たないときは、応募株券等の全部の買付け等をしないこと。」と改正されており、下限数の引下げは改正法及び施行令案において禁止される買付条件の変更に含まれていないことから、許されるものと解される。
- 但し、対象者において、買付けが行われない株券等に係る種類株主総会が開催され、当該株券について公開買付けが行われないことにつき当該株主総会の決議による承認がなされている場合や、買付けが行われない株券等の所有者が25名未満であってその全員の同意が存在する場合には当該条件は免除される(他社株買付府令案第5条第3項)。
- 他社株買付府令案第二号様式記載上の注意(6)e 参照。
執筆者
弁護士 合田 久輝