2006. 12.01
知的財産権侵害物品の水際取締り
今回は、近年の法改正を受けて制度拡充の進んできた、知的財産権侵害物品の税関における輸入差止について解説します。
I. はじめに
税関における輸入差止申立ては、一旦侵害物品が国内市場に流入、拡散した後に権利侵害を争う場合と比べ、効率的に侵害物品の流通を阻止することができることから、これまで、偽ブランド品等の商標権の侵害事案に多く利用されてきました。一方、特許権、実用新案権、意匠権および種苗法における育成者権(以下「特許権等」といいます。)の侵害物品の輸入については、平成15年の法改正により権利者から税関に対して差止を求めることができるようになったものの、これらの物品についての権利侵害の有無の判断は容易でなく、特許権等の権利者にとって使い勝手のよい制度ではありませんでした。
このような状況の中、特許権等の専門的技術的な権利侵害事案についても実効性ある輸入差止を行えるよう、ここ数年で度重なる法改正および制度整備が行われてきました。中でも専門委員に対する意見照会制度および見本検査制度は重要です。
本ニューズレターでは、権利者により輸入差止申立てがなされる場合の輸入差止手続の流れについて概説した上で、専門委員に対する意見照会制度および見本検査制度について説明します。
II. 輸入差止申立て・認定手続の概要
特許権その他の知的財産権を侵害する物品1 は、輸入してはならない貨物とされています。
1. 申立て?申立受理
知的財産権の権利者は、税関長に対して、一定の貨物が輸入されようとする場合には、知的財産権を侵害すると思料される貨物(疑義貨物)が知的財産権を侵害しているか否かを認定する手続(認定手続)を開始するようあらかじめ申し立てることができます(輸入差止申立て)2 。
権利者は、輸入差止申立てを行うにあたり、権利侵害の事実を疎明する資料3 を提出しなくてはならず、税関長が、権利侵害の事実を疎明するに足りる証拠があると認めてかかる申立てを受理することによって、申立ては有効となります4 。
税関長は原則として申立日の翌日から起算して1ヶ月以内に、申立てに対し、受理、不受理又は保留を決定することとされています5 。申立てを受理する場合には、申立ての有効期間6 が示され、申立受理後この有効期間が満了するまでの間、個別具体的な疑義貨物が輸入されようとする度ごとに、当該疑義貨物が権利を侵害するか否かを判断する認定手続が開始されることになります。
2. 認定手続
認定手続が開始されると、権利者および輸入者はその旨の通知を受け、当該疑義貨物が権利を侵害するか否かにつき、税関長に対し意見を陳述し、また証拠を提出することができます。税関長は、かかる主張立証に基づき、原則として通知日の翌日から起算して1ヶ月以内に、当該疑義貨物が権利を侵害するか否かにつき認定を行うこととされています7 。
税関長は、疑義貨物が権利を侵害すると認めた場合、当該貨物を没収および廃棄し、または輸入者に対して積戻しを命じます。
3. 申立てに係る供託・通関解放
認定手続の開始後認定が行われるまでの間、疑義貨物は通関できず、輸入が差し止められたままの状態となります。そのため、認定手続に長時間を要することとなると、輸入者の利益が害されるおそれがあります。
そこで、権利者は、輸入者が被るおそれのある損害を担保するため、供託を求められる場合があります(申立てに係る供託)8 。また、輸入者は、認定手続開始後一定期間が経過すれば、貨物が本邦に輸入されることによって権利者が被るおそれのある損害を担保するため通関解放金を供託することを条件として、認定手続を取りやめるよう申立てができます(通関解放)9 。
III. 専門委員に対する意見照会制度
1. 制度の概要
特に特許権等については、侵害の有無の判断に専門的技術的知見を要するため、侵害の認定が行われにくいという問題がありましたが、これを克服するため、平成18年改正により、申立段階および認定手続段階において、専門委員に対する意見照会制度が導入されることになりました。
この制度は、税関長が権利侵害の有無を判断するにあたり10 、必要があると認めるときは11 、知的財産権に関して学識経験を有する者であって当事者と利害関係を有しない者を専門委員として委嘱し、専門委員に対して権利侵害の有無を判断するのに必要な事項について意見を求めることができるという制度です12 。
2. 専門委員の意見照会における当事者の関与の形態
輸入者および権利者は、当然に意見照会を求める権利を有するものではなく、職権発動を求め得るにすぎませんが、以下のような形で関与が認められています。
- 専門委員の選任にあたり、専門委員候補者を専門委員として選任することにつき、意見を述べることができます。
- 税関職員による専門委員の意見聴取の場において、専門委員の面前で、自らの意見を述べることができます。
- 専門委員の意見に対し、自らの意見を提出することができます。
専門委員に対する意見照会制度の導入により、税関長は、特許権等の専門的技術的な領域についても積極的に侵害の有無の実質的判断を行うことができるようになりました。申立段階においては、申立てが受理されるまでは貨物が通関できること、また、認定手続段階においては、輸入者が通関解放を求めうる時期が到来してしまうと供託により認定手続を取りやめられてしまうおそれがあることに鑑みると、意見照会に時間を要することが難点ともいえますが、侵害の有無を税関長が実質的に判断するという点で、権利者にとっても意義がある制度といえます。他方、輸入者にとっても、権利者の特許権等の有効性についても税関長が実質的に判断するという点で価値がある制度といえます。
3. 申立段階および認定手続段階における意見照会事項の違い
申立段階においては、税関長は、専門委員に対して権利侵害が疎明されているかを判断するのに必要な事項(特許権等の有効性、技術的範囲の解釈を含む。)について意見を求めることができます。
一方、認定手続段階においては、特許権等の技術的範囲の解釈については、別途、特許庁長官に対する意見照会制度があり、特許庁長官に意見を述べる権限が与えられている13 こととの関係上、専門委員は、申立段階における場合と異なり、権利の技術的範囲以外の事項(例えば、権利の消尽、並行輸入に関する論点等)に関し、意見を述べることができます14 。
IV. 見本検査制度
1. 制度の概要
権利者は、平成17年改正以前は、認定手続において、疑義貨物を外観上点検することはできたものの、分解して検査、分析を行うことまでは認められていませんでした。
そのため権利者は、外観上一見して明らかでなく、疑義貨物の内部を詳細に調査しなければ権利侵害の有無を判断しにくい特許権等の侵害事案に対しては、事実上、認定手続において有効な主張立証を行うことができず、実効性に欠ける結果となっていました。
そこで、平成17年改正により見本検査制度が導入され、権利者は、税関長の承認を受けた場合15 には、疑義貨物の見本を分解して検査、分析を行うことができることとなりました16 。
2. 見本検査における当事者の関与の形態
見本検査については、以下のような形で当事者の関与が認められています。
- 権利者は、見本検査承認申請書を税関長に提出することにより見本検査を求めることができ、輸入者はかかる申請に対し意見を述べることができます。
- 権利者による見本検査が承認された場合、税関職員は原則として検査に立ち会うこととなりますが、輸入者も申請すれば検査に立ち会うことができます17 。
見本検査制度の利用により、権利者は、外観上明らかでない侵害の事実について実質的な主張立証が可能となるというメリットがあります。その反面、認定手続に時間を要することとなる結果、輸入者が通関解放を求めうる時期が到来してしまうと、通関解放金の供託により認定手続を取りやめられてしまうおそれがありますので、権利者は、申請の要否を慎重に判断し、かつ実際の見本検査を迅速に行う必要があります。
V. 水際取締り制度の今後の改正予定
本稿では知的財産侵害物品の輸入差止について検討しましたが、来年には、特許権、実用新案権、意匠権、商標権を侵害する物品および形態模倣品等の不正競争防止法違反品が輸出してはならない貨物に追加されるなど、知的財産侵害物品の輸出差止についても制度が拡充されます。
- 特許権、実用新案権、意匠権、商標権、著作権、著作隣接権、回路配置利用権又は育成者権を侵害する物品及び形態模倣品等の不正競争防止法違反品が対象となる。関税法第69条の8第1項第9号及び第10号。なお、平成18年改正により関税定率法に代わって関税法が輸入差止について規定することとなった。
- 関税法第69条の10。なお、税関長は、権利者からの申立てがなくても、疑義貨物が輸入されようとした場合は、認定手続を開始しなければならない。関税法第69条の9。ただし回路配置利用権者には輸入差止申立権までは認められていない。
- 例えば、特許権侵害の場合には、?侵害物品が特許発明の技術的範囲に属することを示す資料、または、侵害物品についての裁判所の判決書・仮処分決定書あるいは弁護士が作成した侵害物品の鑑定書、および?侵害物品のサンプル等。関税法基本通達69の10-1(1)ハii A。
- 関税法第69条の10第2項、関税法基本通達69の10-1(2)イおよび(4)イ。実際には、申立てを行う前に、事前相談を行うことが多い。
- 関税法基本通達69の10-1(2)イ。もっとも、専門委員の意見照会制度を利用する場合には、より長期間を要することとなる。
- 最長2年まで認められており、期間更新も可能である。
- 関税法基本通達69の9(1)ニ(イ)。もっとも、専門委員または特許庁長官の意見照会制度を利用する場合には、より長期間を要することとなる。
- 関税法第69条の12
- 関税法第69条の17
- 税関長は、申立段階においては権利侵害の事実が疎明されているか否かにつき、認定手続段階においては疑義貨物が侵害物品に該当するか否かにつき判断を行う。
- 具体例として、権利者の権利内容について権利者及び輸入者の間で争い(訴訟等)があり、または争いが生じる可能性が高いと判断される場合がある。関税法基本通達69の10-1(2)ハ
- 関税法第69条の11
- 関税法第69条の14
- 関税法第69条の16。したがって、例えば、特許請求の範囲の解釈および特許権の有効性の双方が問題となっている場合、特許請求の範囲の解釈については特許庁長官が、特許権の有効性については専門委員が意見を述べることとなる。
- 税関長は、以下の全ての条件を充たした場合に見本検査を承認する(関税法基本通達69の13第2項、関税法基本通達69の13-2)。
? 意見の陳述または証拠の提出のために見本検査が必要であること
? 輸入者の利益が不当に侵害されるおそれがないこと
? 見本が不当な目的に用いられるおそれがないと認められること
? 権利者が見本の運搬、保険又は検査等の見本の取扱いを適正に行う能力および資力を有していること - 関税法第69条の13
- 関税法第69条の13第6項、関税法基本通達69の13-4
執筆者
弁護士 矢倉 千栄