2006. 12.03
組織再編成に関する新株発行等の開示制度
今回は、金融商品取引法(以下「金商法」といいます。)における組織再編成に関する新株発行等の開示制度を取り上げます。
1.組織再編成に関する新株発行等の開示制度の新設
金商法では、企業の合併・買収等の件数の増加等、最近の企業の組織再編成を巡る動向を踏まえ、組織再編成に関する情報開示の充実を図る観点1 から、組織再編成に関する新株発行等の開示制度が新設されています2 。なお、本制度の施行に関する政令・内閣府令案は、現時点において、まだ公表されていません。
現行の証券取引法では、合併、株式交換または会社分割により株式を発行・交付する場合、勧誘行為が行われていないため、有価証券の募集・売出しとはならず3 、一定の場合に、継続開示会社に対して臨時報告書の提出を要するものとするに止まります4 。金商法においては、届出を要する有価証券の募集・売出しの概念に一定の組織再編成発行手続(下記3ないし5参照)および組織再編成交付手続(下記6および7参照)を含めることにより、有価証券の発行者等に、株主・投資者等に対する情報開示の義務・責任を課すこととしています。
2.発行開示規制
金商法に基づく発行開示規制が課される場合、組織再編成により発行・交付される有価証券につき有価証券届出書が提出されていない限り、以下に述べる特定組織再編成発行手続・特定組織再編成交付手続を開始することができません(金商法第4条第1項)5 。
また、組織再編成により発行・交付される有価証券の割当てを受ける株主を確定するために、割当期日の設定を行う場合、その25日前までに、有価証券届出書の提出が行われなければなりません(同法第4条第3項)6 。
さらに、発行者は、有価証券届出書の効力が生じるまで、有価証券を組織再編成対象会社(吸収合併の場合に消滅会社となる会社、株式交換の場合に完全子会社となる会社等を指します。)の株主等に対して取得させることができないほか、虚偽記載の場合の責任等についても、有価証券の募集・売出しの場合と同様の規制が及びます(同法第15条第1項、第18条等)。ただし、目論見書の交付に関する規定(同法第13条および第15条第2項ないし第6項)の適用はありません(同法第4条第1項、第3項参照)。
かかる発行開示規制の対象となる特定組織再編成発行手続および特定組織再編成交付手続とは以下のとおりです。
3.特定組織再編成発行手続
会社は、合併・会社分割7 ・株式交換等の組織再編成を行う場合、会社法の規定により契約書等を会社の本店に備置くほか、一定の行為を行わなければなりません。
金商法では、組織再編成により新たに有価証券が発行される場合における、このような契約書の備置き等の行為が「組織再編成発行手続」と定義されています(同法第2条の2第2項)。
また、金商法は、このような組織再編成発行手続のうち、特に?組織再編成対象会社の株主等8 の数が一定数9 以上である場合、および?組織再編成により第1項有価証券10 が発行される場合(一定の除外事由11 に当たる場合を除きます。)を「特定組織再編成発行手続」とし、発行開示規制の対象となる有価証券の募集の概念に含めています(同法第2条の2第4項、第4条第1項)。
4.組織再編成対象会社の株券等/組織再編成対象会社の株主等に対して発行される有価証券についての金商法上の開示
ただし、特定組織再編成発行手続のすべてに対して、金商法の発行開示規制が及ぼされるわけではありません。まず、組織再編成対象会社が発行する株券等について金商法上の開示が行われていない場合、例えば、いわゆる閉鎖会社が消滅会社・完全子会社となるような吸収合併・株式交換の場合は、本制度の対象外となります(同法第4条第1項第2号イ)。
また、組織再編成対象会社の株主等に対して発行される有価証券について金商法上の開示が既に行われている場合、例えば、日本国内の有価証券市場で取引されている株券を発行する上場・店頭登録会社がその株券を対価として、合併・株式交換による買収を行う場合も本制度の対象外となります(同法第4条第1項第2号ロ)。
以上をまとめると次の表のとおりとなります。
5.具体例〜特定組織再編成発行手続に当たる株式交換
株式交換の場合を例にとると、B会社が株式交換契約に基づきA会社を完全子会社化するに際して(?)、一定数以上の株主等12 を有するA会社の株主等に対して、B会社の株券・社員権等の有価証券を発行する場合(?)、B会社による有価証券の発行手続が特定組織再編成発行手続に当たり、上記4で述べたところにより本制度の対象外となる場合を除き、発行される有価証券についてB会社に開示義務が課されます(下図1参照)。
図1:特定組織再編成発行手続に当たる株式交換の場合
6.特定組織再編成交付手続
組織再編成においては、組織再編成対象会社の株主等に対して有価証券が新規に発行される場合のみならず、自己株式が交付され、あるいは、会社法におけるいわゆる対価の柔軟化13 により当事会社以外の会社が発行した有価証券が交付される場合があり得ます。
金商法は、このように組織再編成により既に発行された有価証券が交付される場合における、契約書の備置き等の行為を「組織再編成交付手続」と定義しています(同法第2条の2第3項)。
また、組織再編成発行手続の場合と同様、金商法は、組織再編成交付手続のうち、特に組織再編成対象会社の株主等の数が一定数以上である場合を「特定組織再編成交付手続」とし、発行開示規制の対象となる有価証券の売出しの概念に含めています(同法第2条の2第5項、第4条第1項)。
閉鎖会社が消滅会社・完全子会社となるような吸収合併・株式交換の場合、あるいは、日本国内の有価証券市場で取引されている株券を発行する上場・店頭登録会社の子会社が吸収合併・株式交換の当事会社となり、親会社の株券を対価として買収を行う場合等が、本制度の対象外となることも組織再編成発行手続と同様です。
7.具体例〜特定組織再編成交付手続に当たる吸収合併
吸収合併(三角合併)の場合を例にとると、C会社がその株券・社員権等の有価証券を子会社であるB会社に対して割当・発行14 (B会社がその株券をC会社に対して発行)し(?)、さらに、B会社が合併契約に基づきA会社を吸収合併するに際して(?)、B会社が、一定数以上の株主等を有するA会社の株主等に対して、C会社から割当・発行を受けた有価証券を交付する場合(?)、B会社による有価証券の交付手続が特定組織再編成交付手続に当たることになり、上記6で述べたところにより本制度の対象外となる場合を除き、交付される有価証券についてC会社に開示義務が課されます(下図2参照)。
図2:特定組織再編成交付手続に当たる吸収合併(三角合併)の場合
8.外国会社等による日本企業の買収等への適用
本制度は、いわゆる閉鎖会社が組織再編成の当事会社となり、株券を交付することによって上場・店頭登録会社の買収等を行うような場合に開示を要求する制度ではありますが、閉鎖会社が発行する有価証券を対価として、本制度の対象となるような買収等を行う可能性は、株券等の時価算定が困難なこと等を考えると、ある程度限られてくると思われます。
従って、対価の柔軟化に関する会社法の規定が施行された場合に、日本国外の有価証券市場において取引されている有価証券を発行する外国会社等(かかる有価証券につき金商法上の開示が行われていない場合に限られます。)が、三角合併等の手法を用いて、日本国内の有価証券市場で取引されている株券等を発行する上場・店頭登録会社の買収等を行い、その結果、外国会社等の発行する有価証券が、上場・店頭登録会社の株主等に対して発行・交付される場合が、主として本制度の対象になるのではないかと予想されます。
9.継続開示規制
本制度の対象となる組織再編成により発行・交付された有価証券の発行者は、金商法上の継続開示義務を負い、有価証券報告書等を提出しなければなりません(同法第24条第1項第3号等)。有価証券報告書等における重要事項について虚偽記載がある場合の届出の効力の停止・関係者の責任等に関する規定も適用されます(同法第24条の3、第24条の4等)。
- 谷口義幸・野村昭文「企業内容等開示制度の整備」商事法務1773号45頁(2006)、三井秀範・池田唯一監修『一問一答金融商品取引法』113頁〔谷口義幸ほか〕(商事法務、2006)。
- 本制度は、公布の日(2006年6月14日)から起算して1年6か月を超えない範囲内において政令で定める日から施行されます。
- 企業内容等の開示に関する留意事項について2-4?、?。なお、海外発行証券につき、同23の14-1?、?参照。
- 証券取引法第24条の5第4項、企業内容の開示に関する内閣府令第19条第2項第2号、第6号の2以下参照。なお、2006年12月施行の同府令の改正により、臨時報告書提出の要否に関する重要性基準が引き下げられ、報告を要する組織再編成の範囲が拡大されるとともに、臨時報告書の記載内容が拡充されています。
- 本制度の対象となるような組織再編成を行う場合、通常の組織再編成のための準備に有価証券届出書提出のための準備が加わることになります。とりわけ、組織再編成により発行・交付される有価証券の発行者が外国会社等である場合、発行開示においては、継続開示の場合と異なり英文開示が認められていないため(金商法第24条第8項等参照)、日本語による有価証券届出書提出のための準備が必要となり、組織再編成のための作業・日程・費用への多大な影響が予想されます。
- ただし、有価証券の発行価格または売出価格その他の事情を勘案して内閣府令で定める場合は、この限りではありません。
- 組織再編成の定義(金商法第2条の2第1項)には、会社分割が明示的に含まれていますが、特定組織再編成発行手続・特定組織再編成交付手続の定義(同条第4項、第5項)において、会社分割について具体的な言及はなされていません。会社分割の場合、発行・交付される承継会社・新設会社の株券等は分割会社により取得されるため、消滅会社・完全子会社の株主等に対して直接的に存続会社・完全親会社等の株券等が発行・交付される合併・株式交換の場合とは、状況が異なることが一因と思われます。旧商法下でのいわゆる「人的分割」は廃止され、会社法下では、全部取得条項付種類株式の取得または剰余金の配当として構成されていますので、このような場合も特定組織再編成発行手続・特定組織再編成交付手続に該当するよう政令等で定められるのか、今後における制定・改正の動向を注視する必要があると思われます。
- 組織再編成対象会社の株主のみならず、当該会社が発行者である新株予約権証券その他の政令で定める有価証券の所有者が含まれます(金商法第2条の2第4項第1号)。
- 株式会社の株券・有価証券表示権利(振替株式等のペーパーレス化された有価証券)等の第1項有価証券(金商法第2条第1項に掲げられている有価証券および同条第2項の規定により有価証券とみなされる有価証券表示権利が同条第3項において「第1項有価証券」と定義されています。)が発行される場合には「多数の者」、また、合同会社の社員権等の第2項有価証券(同法第2条第2項各号に掲げられている、いわゆるみなし有価証券が同条第3項において「第2項有価証券」と定義されています。)が発行される場合には「相当程度多数の者」が基準とされていますが、具体的な人数は政令で定められます(同法第2条の2第4項)。
- 脚注9参照。
- 発行された有価証券の転売可能性を基にいわゆるプロ私募・少人数私募に類似する要件(規定の詳細は政令に委任)が定められており、継続開示会社のグループ内再編を目的とする会社分割の多くの場合は、上記除外事由に当たることにより本制度の対象外となることが予想されます。
- 株主等の数は日々変動するため、どの時点における株主等の数を基準とすることになるか、今後における政令等の制定・改正および議論の動向を注視する必要があると思われます。
- 関連する会社法の規定は、会社法の施行日(2006年5月1日)から1年後に施行されます(会社法附則第4条)。
- 子会社による親会社株式の取得は原則として禁止されていますが、吸収合併の存続会社等になる際に消滅会社の株主等に対して親会社の株式を交付するのに必要な限度での取得は例外的に許容されています(会社法第800条第1項、第135条第2項第5号、会社法施行規則第23条第8号)。
執筆者
弁護士 高橋 厚志